海底の大動脈 ・ 青函トンネル開業30年

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 青函トンネル開業30年の軌跡
画像 日本の本州と北の地・北海道を結ぶ鉄道トンネルの青函トンネル(53.85㎞)が開業してから2018年3月13日で30年を迎えた。
 津軽海峡を隔てた本土と北海道を海底で結んでいる鉄道トンネルの青函トンネルは今、開業30年の軌跡の中で2016年3月には道内初の新幹線が走り始めるなど津軽海峡を取り巻く風情は大きく様変わりを示している。
 海峡を穿ち、本州~北海道間における唯一の鉄道輸送経路として人とモノが行き交う海底の“大動脈”は開業から30年の間に進行した老朽化に抗いながらも、今も新幹線の高速化や輸送環境の改善などに挑み続けている。ただ、開業から30年を経る中で、同トンネルを管轄・管理するJR北海道産が直面している現在における最大の課題が先述のトンネル老朽化対策である。最近も、トンネル内の岩盤からは間断なく湧出する毎分20㌧もの水を排出するために両端側(青森側と北海道側)から複数のポンプで汲み上げており、ポンプの冷却用配管などの錆や劣化で関連する設備の全取り換えを実施している。こうした関連設備の更新は1999年度から始められ、現在までに約300億円に上る経費が更新に注ぎ込まれている。今また、開業以来初となる大規模な電車線張り替えの架線工事が2017年度末から開始(2020年以内の工事完了予定)されている。同トンネル内の電車線(総延長378㎞に及ぶ)は、一部を除き1988年3月の開業以来約30年にわたり使用されてきており、集電装置(パンタグラフ)が接触することで摩耗が進むトロリー線は、2028年頃にトロリー線を支持している吊り架線類が寿命を迎えると予測されている。その更新時までには10年以上もの時隔があるものの、更新工事は特殊な作業環境下(トンネル内は新幹線と在来線貨物列車が共用する区間)で行われるために作業間合いの確保が大きく制約されることから早期の工事開始となったものである。工事は、貨物列車が運休となる夜間や作業間合いが長時間得られる年末年始、ゴールデンウィーク、お盆時期を縫って進められていく方針の下で、2020年以内には全作業を終える予定となっている。
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青函トンネル開業30年の軌跡
 昭和の時代に終焉を告げる如く、1989(昭64)年1月7日に昭和天皇がご逝去されて“昭和” から“平成”へと元号が変わったが、青函トンネルが開業した1988年は昭和年代としては実質的な「昭和」の最終年であったと言えよう。その昭和史の最後を飾ったのが、青函トンネルと瀬戸大橋の開業という二大プロジェクトの完成であった。これにより、日本列島四島が陸続きとなり、JR津軽海峡線とJR瀬戸大橋線の開業により日本列島は一本の交通体系(鉄路)で結ばれ、新たな時代の展開をもたらした。
 されど、その輝きの裏で、80年の歴史を刻んで本州(青森) と北海道(函館)の間を結んできた青函航路(青函連絡船)が1988年3月13日に、また本州(宇野)と四国(高松)の間を78年にわたって結んできた宇高航路(宇高連絡船)が同年4月9日にともに長い歴史の中でその使命を終え、静かに幕を閉じていった両連絡船の航跡を忘れてはなるまい。
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                         さよなら青函連絡船青森桟橋 1988.3.13
 かつて津軽海峡の青函航路を80年(1908(明治41).3.7開業)という長い年月にわたって往き来してきた青函連絡船、その青函航路開業の110年に当たる2018年3月7日午前10時に、最初の連絡船が函館港を出港した時刻に合わせ函館市の埠頭に役目を終えてメモリアル記念館として係留されている青函航路を最後まで走った青函連絡船「摩周丸」から汽笛が吹鳴され、函館港湾内にかつての青函航路の面影を彷彿させた。

青函トンネル開業30年の軌跡
 青函トンネルの開業直前までは、津軽海峡に隔てられていた本州と北海道の間の人とモノの移動(輸送)は国鉄が運航する青函連絡船に支えられてきた。しかし、この船舶に頼る輸送も 1950年代には、津軽海峡における浮遊機雷(朝鮮戦争)の流入や度重なる台風・悪天候による海難事故・欠航などで船舶の安全・安定航行が脅かされる事象が相次いで発生する中で、戦前(太平洋戦争)から構想されていた本州と北海道を海底トンネルで結ぶ計画が一気に具体化し、青函トンネルの建設へとつながった。計画当初(1939(昭14)~40)の青函トンネルは、在来線規格の設計であったが、1973(昭48)年に全国新幹線鉄道整備法(1970(昭45)年成立)に基づいて策定された整備新幹線5路線の整備計画に合わせて新幹線規格の設計に計画変更されている。
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                              青函トンネルの概要
 そもそも青函トンネル構想は、青函間の連絡船運航開始とともに着想されてはいたが、建設構想が具体的に計画されたのは1939~40年代に入ってからである。トンネルの建設に向けた地質調査などの本格的な調査は終戦直前の1946(昭21)年に開始され、掘削工事の着手は1961(昭36)年であった。由来27年、さまざまな困難に立ち向かい艱難辛苦を乗り越えながら青函トンネル(起点・青森県今前町~終点・北海道知内町)は構想から約半世紀を経て開業に至り、JR北海道津軽海峡線中小国~木古内間(87.8㎞)の開業とともに供用を開始した。
 ただ、大きな期待を背負って開業した青函トンネルではあったが、その完成時点においては北海道新幹線の建設が財政難から凍結状態に置かれ、また本州~北海道における輸送事情も大きな変革を示しており、すでに旅客輸送の9割が航空機へと移行していたのが実態であった。また、さらにはトンネル完成後も大量の湧水(海水)汲み上げのコストが膨大で、巨額な投資(建設)にもかかわらず放棄(トンネル)をも可とする経済性の思惑もあって“昭和の三大馬鹿” とも評価され、“無用の長物” “泥沼トンネル”などと揶揄されたこともあった。今にして振り返れば、隔世の感を禁じ得ない。
 ちなみに青函トンネルの現在は、交通機関用(鉄道用)トンネルとしては世界第二位の長さに位置するが、その第一位は2016(平28)年6月に開通したスイスのゴッタルドベーストンネル(全長57㎞)である。なお、海底部分のトンネル総距離では英仏海峡トンネが約37㎞と世界最長である。

青函トンネル開業30年の軌跡
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                      〈 青函トンネル吉岡定点付近を行く北海道新幹線 2018.7
 本州と北海道を結ぶ青函トンネルを2016年3月から北海道新幹線が走り始めたが、今、その青函トンネルに関する課題の一つが同新幹線の高速化である。前述のように、青函トンネルは新幹線と貨物列車(在来線)が中小国~木古内間(約82㎞)において線路を供用していることから、両列車のすれ違い時における貨物列車の荷崩れなどの事故を防止するため現在の同区間における新幹線の最高速度は140km/h(通常の営業最高速度は260km/h)に抑えられている。そのため、現在の東京~新函館北斗間(148.8㎞)においては鉄道が航空機より優位になるとされる“4時間の壁”を破れずに、最速で4時間02分を要している。
画像 そこで、航空機との輸送競争において優位に立つために国土交通省とJR北海道においては、東京~新函館北斗間の所要時間4時間切りを目指し今春(2018)から共用走行区間の最高速度を160km/hへ引き上げる走行試験が始められる。そして、2019年春のダイヤ改正を視野に国土交通省は共用走行区間の新幹線最高速度を160km/hに引き上げる方針を決め、東京~新函館北斗間の所要時間を3分短縮して3時間台を確保するとしている。今後も、共用走行区間の新幹線最高速度を漸次階段的に向上させ、最終的には260km/hの営業最高速度による運転を目指すとしている。

青函トンネル開業30年の軌跡
 青函トンネルが開業して今年(2018)で30年になるが、東京と北海道を結ぶ北海道新幹線は現在札幌に向け新函館北斗~札幌間(約212㎞)で延伸工事の途上にあるが、2040年札幌開業と予想されている頃には青函トンネルは開業50年を迎えて大規模な改修が必要視されている。そのトンネルは、開業以来の30年の軌跡とともに進む老朽化と新幹線の高速化に課題を残している中で、1~2年程前から建設会社や商社など200の企業・団体で作る「日本プロジェクト産業協力議会」が、現在のトンネルを新幹線専用として使い、新たに貨物列車専用としてもう一つのトンネル(第2青函トンネル)を建設する構想を浮上させている。現実性・実現性はともかくとしても、国土交通省では青函トンネル共用走行区間の問題解決(新幹線の高速化と貨物列車の安全運行)に向け検討を鋭意進めているだけで、新たなトンネルの建設は全く考えてはおらず、議論にもなっていないとの姿勢を示しているのみである。すなわち、第2青函トンネル建設構想に対して国としては全くの蚊帳の外的な存在に終始していると言えるのである。
画像 いずれにせよ、青函トンネル開業30年の軌跡は本州~北海道間の人とモノの流れに大きな変革をもたらし、青函連絡船の廃止で本州~北海道間の輸送の主役となった青函トンネルは、1988年の開業時には開業前の輸送人員(連絡船末期年間200万人)を大幅に超えて300万人以上を運んだ。中でも、青函トンネルの開業を境に青函地区における鉄道貨物輸送(北海道物流)は飛躍的な伸びを示した。トンネル開業以前における青函連絡船の輸送(8隻・17便/日)では天候条件に大きく左右されて影響を受けていたが、トンネルの開業により全天候型の輸送機関となった鉄道による貨物輸送(JR貨物)はトンネル開業前の輸送実績367万㌧/年から533万㌧/年へと45%も高い輸送実績を示している。ちなみに2016年3月現在の本州~北海道間の貨物列車は、コンテナ列車上下51本/日(含む臨時列車)が設定されている。
 とにかく青函トンネルは、本州~北海道間唯一無二の鉄道輸送ルートである。その青函トンネルを経由して運ばれる物資は、北海道から本州方面へは主に農産品、自動車部品、紙製品などが、本州から北海道に向けては宅配貨物、衣類、加工食品、書籍等の生活必需品が運ばれている。特に、北海道から関東・関西地区などに発送される農産品類(馬鈴薯、乳製品、玉葱、米など)の多くが鉄道で運ばれており、本州の大都市圏へ生鮮食料品を供給するライフラインとしても青函トンネルは重要な役割を果たしているとともに、北海道経済の活性化と発展に大きく寄与している。
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                        北海道に向け青函トンネルに入る貨物列車
 開業から30年を迎えた海底の大動脈・青函トンネルに求められる輸送需要は、12年後の2030年度に迎える北海道新幹線の札幌への延伸開業とともに、日本経済の進展につれ拡大されていくのは明白であろう。そして、さらに青函トンネルの将来に視野を向ければ、前に触れた“第2青函トンネル”建設構想の必要性もあながち当たらずとも遠からずではないだろうか。今、開業30年を迎えた青函トンネルは、次の30年の軌跡を辿る過程の中でどんな表情の変貌を見せるだろうか・・・。 (終)

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