残された国民への負託 ・ JR30年に因む

─ JR30年  ─
 1987(昭和62)年4月の国鉄改革(分割民営化)から30年を経た中で、国が承継した旧国鉄の残した長期債務の残高は2015(平成27)年度末時点で17兆7690億円となっている。・・・ 
画像 …官業(官設官営)として1872(明治5)年に開業した国鉄(日本国有鉄道)は、日本が太平洋戦争の敗戦で連合国軍の占領下にあった1949(昭和24)年6月1日にGHQ(連合軍総司令部)からの示威(マッカーサー書簡)を受けて機構改革を断行し、77年という官業としての長い歴史を持った国鉄は運輸省(当時)から独立して独立採算性を建て前とする「公共企業体・日本国有鉄道」として新発足した。
 当時の国鉄の職員数は、敗戦による海外からの復員・引揚者などの採用や職場復帰で60万人を超える大所帯(1948(昭和23)年度末)に膨れ上がり、国鉄史上最大となっていた。この新出発した日本国有鉄道に対しGHQは、予算の大幅削減と人員整理による合理化(ドッジ・ラインによる緊縮財政策)を強く要請し、ことに職員数の削減においては9万5000人に及ぶ大規模行政整理が強行された。この行政整理は、国鉄と労働組合との間に激しい軋轢を生み、双方の間に人員整理を巡って闘争の嵐が吹き荒れる中で戦後の国鉄三大ミステリー事件として未だに“最大の謎”として真相が究明されていない一連の事件(「下山事件」初代下山国鉄総裁怪死事件・1949.7.6、「三鷹事件」中央線三鷹電車区構内無人電車暴走事件・同7.15、「松川事件」東北線(松川~金谷川間)列車脱線転覆事件・同8.17)が連続して発生し、大きな社会問題を誘引した。由来38年、国鉄は公社制度の下で巨大な組織(1980年代まで職員数はおよそ40万人台で推移)による全国を一元とする運営を行ってきた。
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                      国鉄松川事件」 ・ 東北本線松川~金谷川間 1949.8.17
 しかしながら、“もはや戦後ではない…”と終戦から11年を経た1956(昭和31)年7月に出された「経済白書」が戦後の終了を宣言したように日本の経済は高度成長期に入り、1960(昭和35)年から1969(昭和44)年の10年間にかけ日本は世界の歴史に例を見ない驚異の高度経済成長(経済成長率年平均11.6%)を実現していった。ちなみにこの間に、日本経済の躍進を象徴するが如くに名神高速道路(1964.9.5)と東海道新幹線(同10.1)が開業し、日本の交通史上に一大エポックを画している。こうした高度経済成長期の最中にあっても国鉄においては、組織が巨大であったが故に技術革新による産業構造の変化や国民所得水準の向上に伴う消費指向(消費の高まり・高級化)の多様化など変貌する社会への追従性に欠けて高まる輸送需要に対応できず、経営は悪化への途上にあった。国鉄が経営赤字に陥ったのも、高度成長期と時を同じくする最中の1964(昭和39)年であった。以降、収支は黒字に転ずることなく悪化の一途(1971(昭和46)年度に償却前赤字となる)を辿って1986(昭和61)年度には25兆1000億円に上る巨額な債務を抱えて実質的に経営破綻に陥った。すなわち、全国一元的大組織の運営体制が国鉄の経営環境変動に対する的確な対応を阻害していたのである。この経営破綻に至った国鉄事業(日本の鉄路)を救済・再生するために断行されたのが、これまでの公社制度の巨大組織(1987.3.31時点・総路線延長19639km・30の鉄道管理局・職員数27万7000人)を見直し効率的かつ適切な経営管理の下で地域性や鉄道の特性を発揮させるべく鉄道事業運営の改革(鉄道再生)を図った国鉄改革で、公社制度から民営化への転換を図った抜本的改革であった。すなわち、公社を民営化して自主自立・地域密着型経営の実現を図ることで“鉄道の再生と復権”を目指したのである。
 この分割・民営化(JR発足)は、改めて“鉄道”を見直す契機となり、全国型経営を脱して地域密着型経営への転機となった。この時点で、20万1000人の職員が新しく誕生したJRグループへ移行した。
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                         〈 “さよなら国鉄 JRグループ誕生セレモニー” 〉
─ JR30年  ─
 115年に及ぶ日本の鉄道の歴史を築いてきた国鉄ではあったが、最終的には37兆1000億円という膨大な長期債務を残して1987(昭和62)年3月に幕を閉じ、分割・民営化されて再出発した。この膨大な旧国鉄長期債務の処理(返済)にあたって当初は、発足した7つのJR会社のうち本州3社の旅客鉄道株式会社(東日本、東海、西日本)と貨物鉄道株式会社、新幹線鉄道保有機構(新幹線を運営する会社の経営基盤の均衡化を図るべく新幹線(東海道、山陽、上越、東北)に係わる施設を一括保有して運営会社への貸与を目的に1987年設立、1991(平成3)年解散)、国鉄清算事業団(1987年4月に国鉄から名称変更して発足した長期債務償還や余剰人員の再就職促進等を目的とする特殊法人)にそれぞれ振り分けられて承継・処理されることとなった。すなわち37.1兆円は、JR本州3旅客鉄道会社およびJR貨物鉄道会社に5.9兆円(JR東日本4.2兆円、JR東海0.5兆円、JR西日本1.1兆円、JR貨物0.1兆円)が、新幹線鉄道保有機構に5.7兆円が、国鉄清算事業団に25.5兆円がそれぞれ承継された。また、JR各社に引き継がれなかった土地やJR各社の株式は国鉄清算事業団の下で出来る限り処理されることとされ、長期債務の償還に充てられている。
画像                                      売却処分の遊休国鉄用地
 しかしその後、国鉄清算事業団においては土地(遊休旧国鉄用地など)の処分が思うように進展せずに株式の処分収入も確保が滞り、承継した長期債務は利払などで28.3兆円にまで膨らんだ。このため、1998(平成10)年10月に国鉄清算事業団に関する「債務等処理法」(日本国有鉄道清算事業団の債務等の処理に関する法律)が施行されて残された国鉄長期債務は新たな枠組みにおいて承継・処理されることとなり、1998年10月に国鉄長期債務に関する最終的な承継・処理の枠組みが決定された。これにより国鉄清算事業団(債務等処理法施行により同事業団は解散)の28.3兆円の長期債務返済額は、その内の24.1兆円が国(一般会計)に、残りのうち3.9兆円が日本鉄道建設公団(2002(平成14).12から現在の鉄道・運輸機構(鉄道建設・運輸施設整備支援機構)へ)に、0.2兆円がJR各社にそれぞれ承継され、返済・処理されることとなった。
 ちなみに冒頭に触れたように、国が承継した長期債務24.1兆円の2015(平成27)年度末時点における残高は約17.8兆円となっている。なお、今の鉄道・運輸機構においても同様に、国鉄清算事業団以降の旧国鉄職員に対する恩給および年金給付に要する支払い等の業務が続けられている。

─ JR30年  ─
 30年前に実施された国鉄改革のゴール(最終目標)は、JRグループ7社の株式上場・完全民営化である。かつての国鉄が、全国一元的大組織と公社制度による経営によって社会環境の変動に的確に対応できず、鉄道事業破綻への途に陥ってしまったことは前述の如くである。その疲弊した鉄道の再生を図って実施されたのが「自主自立」「地域密着」を基本理念とした国鉄改革であり、公社制度の国鉄を“分割・民営化”という抜本的改革により効率的かつ地方・地域の実勢に即した経営に改め、鉄道の特性を発揮できる分野においてその役割を将来にわたって持続させていくことを目指した改革であった。
 旧国鉄の長期債務償還を担う国は、国鉄改革の趣旨を踏まえた上で、今後も国鉄改革の最終目標であるJRグループ全7社の完全民営化達成に向け鋭意取り組みを推進するとしている。その上で、未上場のJR各社に対して国は、経営基盤の確立などの条件が整い次第に出来る限り早期に完全民営化することを基本方針に取り組むとしている。
 このJR各社の完全民営化に関しては、新会社発足後から経営状況が安定的に推移し経営基盤が確立されていたJR東日本(完全民営化1993(平成5).10)、JR東海(同1997(平成9).10)、JR西日本(同1996(平成8).10)の本州3社は1993(平成5)年度以降順次株式が上場され、2006(平成18)年度までに全株式が売却されて完全民営化されている。その後、2016(平成28)年10月には株式上場に向けた条件が整ったことからJR九州の株式上場が成り完全民営化されており、これでJR発足から30年を経た現在は上記JR4社の完全民営化(JR会社法適用対象除外)が達成されている。残る未上場のJR北海道、JR四国、JR貨物の株式について鉄道・運輸機構では、これら各社の今後の経営状況の推移などを見極めながら国をはじめとする関係機関との連携を図り、適切な株式の処分施策の検討を進めて出来るだけ早い時期での株式上場達成を目指すとしている。勿論、それには国鉄改革が最終目標とする株式上場・完全民営化達成に向け、未上場JR各社の将来を見据えた堅実な会社運営の継続が必要なことは言うまでもない。
画像 JRグループ共通ロゴマーク

─ JR30年  ─
 先般、国鉄改革(分割民営化)によりJR7社が発足してから30年を迎えた。その間にあってJR各社は、旧国鉄当時に比べ提供する輸送サービスに対する安全・安定性、信頼性、快適性を経営努力によりさらに向上させ、格段の進歩を示してきたのである。また、経営面においても、国鉄改革の所期の目標である完全民営化を半分を上回るJR4社が達成させている。しかしその一方では、旧国鉄から承継した経営基盤である地域の格差から思うに任せない運営でJR会社間に格差も生じており、JR北海道やJR四国およびJR貨物(全国一元輸送形態のためJR旅客会社の線路を借りた輸送営業(第二種鉄道事業者)で制約が大きい)にあっては未だ上場が可能視できる安定的な利益計上の段階に至っておらず、経営の自立に向け国の支援の下で民営化への取り組みが続けられている最中にある。
 JRグループ会社の事業運営は、国鉄改革によって従前からのその有り様が大きく見直されて地域密着型の運営へと転換され、鉄道事業に止まらず関連事業をも含めた多角経営へと経営規模の拡大が図られ、JRは関連事業を鉄道と並ぶ経営の大きな柱と位置付けるほどに民間企業としての存立基盤を強固にしてきた。されど今、日本は少子高齢化に加え人口減少時代への突入、さらには他交通機関との競合も高速道路や航空ネットワークの拡充、LCC(格安航空会社)の台頭などで激しさを増しており、昨今の鉄道を取り巻く経営環境はその厳しさが一層増している。一方で、ハイスピードで発達しているIT・ICT技術は鉄道運営にも入り込んで鉄道輸送のさらなる近代化や合理化を押し上げている。また、最近のAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といた情報・通信に関する最新技術の日々の発達は、従来から鉄道輸送に求められてきた基本要素(安全・安定性、定時性、速達性、快適性)にさらなるレベルアップをもたらし、これからの時代に相応しい交通サービスの提供が期待されるであろう。
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             〈 「日本国有鉄道の銘板を取り外す杉浦喬也総裁) ・ 東京丸の内国鉄本社 1987.3.31
─ JR30年  ─
 、自主自立・地域密着の事業展開を旗印に敢行された鉄道経営の健全化を目指した国鉄改革から30年。その間に、旧国鉄に対する清算業務(財務等の処理)はJR等の手の下で滞ることなく鋭意進められてきた。そのうち、資産処分の対象とされた旧国鉄用地とJR株式については鉄道・運輸機構により承継・処理が行われ、現在に至る。
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                         旧国鉄跡地梅田駅二期開発区域 〉 
 すなわち、旧国鉄用地については、国に承継された旧国鉄用地(約9238ha)のうちの大部分(約99.9%にあたる9227ha)は売却処分が終了しており、現在は梅田駅(北)地区(大阪市)の約9.7haと長町駅(38街区・仙台市)の約1.6haの合計約11haが旧国鉄の土地として残るのみである。JR株式の処分では、これまで(2017)にJR本州3社(東日本、東海、西日本)およびJR九州の株式の売却処分が完了(約4兆4503億円の売却収入)している。また、残るJR北海道・四国・貨物の3社の株式については、今後の経営状況の推移を見極めながら処分方法等の検討が進められていく。
 こうして30年の歳月が流れた国鉄改革(分割民営化)、その間の鉄道事業においてJRは地域の実情に見合った輸送を展開し、関連事業の積極的展開で事業の多角経営を推し進め、株式上場を半数を超える4社が果たすなど民営会社としての経営の定着を図ってきた。そして、JRは現在も、経営の健全化とそれを支える地域密着型の事業展開により国鉄改革の狙いに沿った事業運営を概ね順調に推移させていると言えよう。
 いずれにせよ、国鉄改革で国鉄自らが最終的に残した37兆1000億円という途方もない額の長期債務は、改革から30年を経た今も半分近い額(2015(平成27)年度末時点で17兆7690億円)が未償還として残る。国鉄改革から30年、年間国家予算の3分の1にも匹敵するとされた旧国鉄長期債務の返済は今も続く。結果として言えるのは、国へ負託された国鉄改革の長期債務処理は留まるところ国民の見えないところで税金により賄われているのが実態であり、国鉄改革はまだ決して終わってはいないのである。 (終)

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