切符を拝見します・・・

「ご乗車有難うございます。誠にご迷惑さまですが乗車券を拝見させていただきます」・・・夢うつつの中で、車内の乗客に向かって深々と頭を下げ一礼をしていた私…。長年勤めた鉄道会社を定年退職してはや十数年を過ぎるが、車掌の仕事に就いていた昔の若い頃の夢を、久々に見た。前日に読んでいた、新聞記事(“車内改札省略”)のせいだったのだろうか。寝覚めの脳裏を、しばらくの間現役時代の郷愁が陽炎のように漂っていた。
画像 JR東海(柘植康英社長)では昨年(2015)11月19日の定例会見で、2016年3月のダイヤ改正に合わせ東海道新幹線における車内改札方法を変更し、指定席とグリーン席の利用者に対する車内改札を取り止める(省略する)ことを発表した。
 東北、北陸、上越、秋田、山形、山陽、九州の各新幹線などでは、運行や列車によっては車内改札が行われてはいるものの、概して車内改札はすでに廃止(省略)されている。しかし、東海道新幹線では列車の運行本数が多い上にビジネス利用の乗客割合が大変に高いことから、指定券を所持していても乗客自らの都合で券面記載の列車とは異なる列車を利用する乗客も少なくないことから、東海道新幹線ではこれまで車掌が全座席を回って乗車券を直接確認(証明印押印)してきた。ただ近年は、乗車直前まで予約した内容の変更が可能な“エクスプレス予約”(ネット(ケータイ・スマートフォン・パソコン)による予約)の利用者が指定席利用者全体の約3割を占める状況に至っており、それにつれ券面記載通りの座席利用者が増えてきたほかに、乗務員が携行する車掌用端末機の改善で座席の利用状況の把握が一段と迅速・正確になったために、指定席・グリーン席では車内改札を2016年3月のダイヤ改正から省略する方針としたものである。ただ、指定席でも、切符と異なる座席を利用していた場合には改札を行うとしている。また、車内改札が省略された後においても車掌は、安全対策上から車内の巡回は行うとしている。
 この車内改札省略についてJR東海では、現在も実施している車内改札については利用が多いビジネス客自身の都合による乗車列車の変更が行われているケースが多いことから実施の必要があったと説明を行ってきたが、乗客から“くつろげない”“面倒だ”“煩わしい”などの苦情が絶えなかったことへの対策だとする。ただ、自由席については、指定席を予約していながら自由席に移る乗客もいることから、本来なら埋まっているはずの指定席の予約を携帯端末(車掌携行)で取り消して他の乗客が指定席予約を受けられるようサービスの向上につなげるため、従来通り車内改札は続けていくとしている。
画像
                       極めて列車運行頻度が高い東海道新幹線 JR東海
昨年(2015)の11月に、“東海道新幹線も車内改札省略”の見出しで記事が新聞に載った。その2、3日後に、車内改札に纏わる記事が朝日新聞の「天声人語」欄で紹介されていたので、次に記してみます。
画像                                                    阿川弘之氏
 『今年(注・2015)8月に亡くなった作家の阿川弘之さんは、大の汽車好きだった。60年前の小品に「にせ車掌の記」がある。東京発神戸行きの夜行急行「銀河」に車掌として実際に乗務した体験記。「化ける」とは何と楽しいことか、と書いている▼「……ご面倒様でございます。急行券を拝見……」。本物の車掌さんにくっついて検札、つまり車内改札に回る。間違って乗ってしまった乗客がいたり、乗り換えの問い合わせを受けたり、結構忙しい。幸い乱暴な客もなく、「太平無事」に到着する▼時代は違うが、今日の車内には時に乱暴者がいる。切符拝見の車掌に腹を立て、暴行を加えるといった事件が報道される。睡眠中なのに起こされた。仕事に集中していたのを邪魔された。車掌の巡回を煩わしく思う人は少なくないらしい▼東海道新幹線の指定席とグリーン席の車内改札をやめます―。JR東海が発表した。来年(注・2016)のダイヤ改正を機に「少しごゆっくりしていただく」という。東北や北陸、山陽新幹線などはすでに廃止しており、東海道でもと望む声があった▼大動脈だけに、乗る列車を直前に変更するビジネス客が多く、従来は利用状況をつかみ切れなかった。機器の改善などで正確な把握が可能になったため、切符を直接確認する必要性が減ったという▼煩わしいか、これも旅情か。ともあれ東海道の車内に一層なごやかな空気が流れるといい。にせ車掌の阿川さんは、「ありがとう」と言われることの少なさを苦く思ったのだったが。』 

調べられることを由としないのは人間の性だが、昔から車内改札はとかく乗客から煙たがられてきた。二昔も前には、日本全国の大半の都市圏近郊鉄道区間においては車内改札(検札)が行われてきたが、改札口の自動改札化や交通系ICカードの導入・普及(2001.11からJR東日本が初のICカード乗車券「Suica」を導入)が全国的に進んだことで車内における“検札”と称した乗務員(車掌)による車内改札の取り扱いは現在ではほとんどその姿を見かけることもなくなり、乗客は煩わしい車内改札から解放されている。
画像 “ご面倒様ですが乗車券を拝見させていただきます”・・・、「車内検札」と白い文字に染め抜かれた赤地の腕章を左腕に巻いた出で立ちの車掌の声が車内に響くと、何となくそわそわさせられて身構えもした電車通学をしていた高校生の頃の昔を、先頃の車内改札省略の新聞記事に接して懐かしく想い起こされた。その車内改札を行う目的には、大きく分けて二つあった。旅客案内と車内の秩序保持(安全対策)の二つで、旅客案内では正常な旅行が行われているかを確かめるために乗車券拝見となる。すなわち、所持する乗車券拝見により乗車券類、乗車区間、使用期間に従って正しく旅行が行われているかを確め、乗り越しや経路変更などについて車内精算に応じるものである。勿論、不正乗車(有効期間外や改変(改竄)による乗車)への対応も、正しく旅行をしていただく上で必要な確認である。一方、車内秩序保持は、乗客の安全な旅行が確保できているか、妨げとなっている事態はないか、車内整備が保たれているかを確認することであり、強いて言えば安全輸送を第一に目指す鉄道にとっては車内の秩序保持の方が車内改札における本筋といえなくもない。
 車内改札には、概ね車掌2人が一組となって就くのが一般的であった。先に車内改札の目的に触れたが、他に駅業務の一部を補助する役目(精算業務)も担っていた。この車内改札の取り扱いで多かったのは、乗り越し精算であった。その中でも、定期券の乗り越し精算が最も多かったように記憶する。また、乗車券を持たずに乗車しているケース(無賃乗車)が意外にも多かったのを覚えている。当時の駅の改札口はほとんどが有人改札で、しかも列車の運行間隔が空いていた(列車本数が少ないなど)こともあって乗車券購入の暇がない乗客に対して駅では、車内購入などの案内をして乗客を急かせ乗車させていた背景があったのである。

今から13年前の2002年12月1日からJR東日本において実施された、新幹線の車内改札省略(一部を除く)に至った経緯を参考までに概記して見る。かつてJR東日本が主要駅に設置していた「お客様相談室」には以前から、“在来線と新幹線の2ヵ所も自動改札を通ってきたのに、何故車内でも切符を見せなければならないのか”“微睡んでいるときや駅弁を広げているときの改札は止めてもらいたい”などといった車内改札に関する様々な苦情が寄せられていた。そうしたお客様の要望等に応えるために前々から地道な対処の施策を講じてきたことが、JR東日本をして新幹線の車内改札省略導入へ踏み切らせたといわれている。また、その背景には、車内改札の省略化へ向け2002年秋から試験的に導入していた「新幹線車内改札システム」の安定的稼働による実用化への見極めもあった。
 同システムは、新幹線の自動改札機に利用者が切符を投入した際に得られる諸情報(利用する列車や区間、座席番号など)をデータセンターで集約し、利用状況を車掌が携行する携帯情報端末に伝送して把握させるもので、携帯の情報端末には号車毎の指定券発売状況などがカラー表示され、空席であるはずのところに着席している乗客にのみ車内改札を行うことで車内改札の省略化につなげ、利用者を切符提示の煩わしさから解放しようとしたものである。ゆったりした気分で旅を味わいたい利用者にとって、当時JR東日本が実施した新幹線の車内改札省略は、今であってもそれは変わらないであろうが、大いに歓迎された。とかく、車内改札に対して乗客は、例え正規の切符を所持していたとしても調べれるという“検札”のイメージが脳裏を過り、先に触れた如くに面倒くささ(煩わしさ)とともにちょっとした身構えの気持ちにさせられるのは確かだろう。まさに楽しく列車旅を味わっている利用者にとっては、車内改札の省略に勝るサービスはないと言えそうである。
画像                          車内改札東海道新幹線
“乗車券を拝見させていただきます”…車内改札(検札)は、鉄道創始以来今も延々と続けられている一つだが、鉄道側には切符の確認のほかに車内の整理や秩序保持、案内などの大切な役目がある。一方で、改札を受ける乗客側としては、列車の動きに気持ちよくうとうとしていると“切符拝見”の声に慌ててゴソゴソ…、面倒なのは確かだ。今も鉄道各社では、鉄道側にも利点(業務・人員の削減化)をもたらす、乗客に煩わしさを強いる車内改札を必要としない環境づくりに前述のように挑み続けている。
 かつてJR西日本では、車内改札の煩わしさから解放するサービスとして山陽新幹線の新大阪~博多間の〈ひかり〉の一部列車において、座席の背もたれに切符専用のホルダー(ポケット)を設けて、このホルダーに切符を入れておけば乗客に車掌は声をかけずに改札を済ませるという「チケットホルダー式」と称したサービスが実施(2000)されていた。これは、車内放送や車内販売(ワゴン販売)の声を静粛化しようとの検討の中で、車内改札の呼び掛けもカットしようという静かな車内づくりから出た発想で、当初から自動化や新システム化を目論んでいたわけではなかった。ただ、アイディアとしては新しいサービスの試みではあったものの、かなり“原始的”という方法であったのは否めなかった。しかし、2ヵ月間の限定で行われた実地試験結果による乗客へのアンケートでは、約7割ほどの乗客から続けて欲しいとの結果が得られたことから、実用化に至った経緯があった。ちなみに、切符盗難の心配が危惧されてはいたが、案ずるより生むが易しだったとか。
 ともあれ、時代の移ろいの下で、乗客側にしても鉄道側にしても“切符拝見”の省略は、今も変わることのない双方が望むところであろう。 (終)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 7

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
ナイス ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック