高速鉄道海外展開の潮流に見る

高速鉄道海外展開の潮流に見る 
画像米国テキサス州の高速鉄道プロジェクト(総事業費約1億8500万米㌦)へ日本の新幹線システム(JR東海が導入を目指す)の採用を働き掛けている日本政府は、事業主体であるテキサス・セントラル・パートナーズ(TCP)に対し日本の海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)がその事業費として4000万米㌦(約49億円)を出資する案件の認可(国土交通省)を昨年(2015)11月21日に行い、出資の決定を見ている。テキサス州の高速鉄道は、米国南部テキサス州のダラス~ヒューストン両都市間(約385km)を結ぶルートで建設される。テキサス州は、全米で2位の人口規模(2515万人)を有しており、今回建設が計画されているダラス市(人口643万人)とヒューストン市(同592万人)はほぼ同格の都市規模で、東京~名古屋間に相当する両都市間においてはそれ相応に交流が盛んで、現在の両都市間の主たる移動手段は専ら空路と道路に委ねられていることから大量性や速達性、環境性に優れた高速鉄道の整備が構想されていた。
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                              テキサス州ダラス市街
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                            テキサス州ヒューストン市街
 テキサス州の高速鉄道は、TCPによる民間プロジェクトとして建設される。これに対して日本では、JR東海が2010年以降からN700系車両を基軸とする新幹線システムの採用(受注)を働きかけてきた。国土交通省によると、同プロジェクトは概略設計・詳細設計~資金調達・建設~運営の3段階を経て進められているという。現在は、詳細設計および資金調達の途上にあって、2015年11月のJOINによる出資決定(4000万米㌦)に伴って同プロジェクトは実現に向け大きく動き出したとしている。
画像 ちなみに今後の整備行程は、同プロジェクトの事業開発に必要な1億8500万米㌦ルの資金をTCPが調達し、詳細設計および資金調達の段階を今後の2年間で完了させる。そして、2017年には建設および運営に必要な約150億米㌦を基に建設工事に着手し、TCPは2022年の開業を目指すとしている。もし、この高速鉄道が開業すれば、北米においては初の高速鉄道の導入となる。また、このテキサス州の高速鉄道への新幹線システムの採用が実現すれば、同システムを採用する海外の高速鉄道としては台湾およびインドに次いで3例目となる予定で、日本にとっては新幹線システムの欧米への進出はこれが初のケースとなる。

高速鉄道海外展開の潮流に見る 
近年、高速鉄道の建設が世界的な潮流となってその動きが活発化してきており、日本をはじめ欧州(フランス、ドイツ)や中国などが受注を巡り凌ぎを削っている。世界における高速鉄道の導入は、日本を皮切りにフランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、スペイン、中国、韓国、台湾などで進められ、とりわけ2000年以降に拍車がかかって導入が進んだ。さらに今後も、北米や南米、インドネシア、インド、マレーシアなどで導入が計画されており、世界の高速鉄道網はその裾野をさらに拡げようとしている。
 昨今の世界で進む高速鉄道導入の背景には、産業や経済の発展・活性化に伴う都市間交流拡大に高速移動が希求されていることや、地球規模の環境問題を踏まえた次世代の交通ネットワークの骨子として高速鉄道が最も相応しい交通機関として世界の国々で理解されてきた等がある。高速鉄道の存在は、2000年の時点では日本とフランスの2ヵ国だけであったが、その後十数年の間に導入・整備が世界で急ピッチに進んだ現状を以てしても、高速鉄道へ寄せる世界の関心は頷けるところでもある。

高速鉄道海外展開の潮流に見る 
一般に、インフラ輸出の一つである高速鉄道の海外展開(輸出)は、1件当たりの建設規模が大きく、もたらされる経済的効果も高いことなどから、どの受注国にとっても目玉の一つであるのは変わりがない。しかし、海外展開なるが故に政治的要素が絡むケースの多いのが特質でもある。日本の今の安倍政権が、国の成長戦略の要として位置付けているのもインフラ輸出である。その中でも、政府主導による日本の新幹線システムの海外展開は、原発輸出と並んで主要なインフラ輸出案件の一つとなっている。そのインフラ輸出について、最近の政治的要素を色濃く含んだ高速鉄道海外展開のケースを見てみる。
画像 新幹線システムのインド高速鉄道計画導入へ最終合意が行われた日印首脳会談 2015.12.12
 インドの高速鉄道計画(ムンバイ~アーメダバード間約500km)について日本・インド両政府は、2013年から事業コストや安全性をめぐる共同調査を経て日本の新幹線システムを導入する方向で2015年10月に最終調整に入った。参照…公開ブログ「インドの地を行く日本の新幹線」 2015.12.19)その少し前の2015年9月に日本政府は、インドネシアで2008年以来事業化調査を進めてきたインドネシア高速鉄道計画(ジャカルタ~バンドン間144km)の受注において後塵の中国の受注案件と競った末に同国に受注を奪われる逆転敗けを喫し、しかもそれが国際間でも話題視された経緯から、インドへの新幹線システムの導入は日本の面子にかけて何としても獲得したい受注案件であった。そのため日本政府は、総事業費約9800億㍓(約1兆8000億円)のインド高速鉄道計画に対し過去に前例を持たない最大81%の円借款を低金利で供与する条件をインド側に提示し、新幹線システムのインドへの導入に向けた最終合意(2015.12.12の日印首脳会談)にこぎ着けるという、そこには日本政府の執った思い切った交渉姿勢があった。
 ちなみに次項で、インドへの日本の新幹線システム導入最終合意少し前の2015年9月23日に、日本の受注がほぼ確実視されていたインドネシアの高速鉄道計画が中国に奪われる形(中国案の採用)となったことについて少しく触れてみる。

高速鉄道海外展開の潮流に見る 
最近、インドネシア共和国(人口約2億5000万人・世界第4位)では経済成長に伴い都市部の交通渋滞が深刻化を増し、大都市間輸送の速達化を図るため道路整備や高速鉄道の導入が取り沙汰されてきた。そのインドネシアの高速鉄道計画について日本政府は、首都ジャカルタとジャワ島東部のスラバヤを結ぶルートへの高速鉄道導入を2008年にインドネシア政府(ユドヨノ政権)に提案して以降、同国の高速鉄道計画(ジャカルタ~バンドン~チレボン~スマラン~スラバヤ間約730kmのジャワ島縦断・時速300km)の事業化調査を進めてきた。その結果、インドネシア政府(ユドヨノ政権)は高速鉄道の第1期区間としてジャカルタ~バンドン間(144km)を結ぶ路線からの建設計画を決定した。日本が示す総事業費64兆ルピア(約5346億円)について日本政府は、総事業費の75%の円借款供与(金利0.1%)を提案するとともに、日本はこれまでインドネシアの開発・発展に大きく関わってきた最大の援助国(累計約5兆円の円借款)としての自負から、日本政府には同高速鉄道計画受注に確かな成算があった。
画像 ところが、今までスムーズに回っていた受注への歯車が、2014年10月にジャワ島の高速鉄道建設より他地域におけるインフラ整備の重視を公約に掲げるウィドド政権(ジョコ・ウィドド大統領)に政権が移ったことから、少しずつ狂い始めた。替わったウィドド政権はさらに、政府予算も貧困層支援を重点とする方向を示唆していた。
 ジョコ・ウィドド大統領が来日(2015.3.22~25)した際にも、安倍首相らとの会談の中で肝心の高速鉄道に対する進展は見られなかったという。日本に次いで中国を訪れた同大統領(2015.3.26)に対し中国は、習近平主席が高速鉄道建設への支援強化を表明するとともに、ジャカルタ~バンドン間の高速鉄道建設においてはインドネシア側に政府保証(経営不振時等における政府の財政支援・支出)を求めないとした両国の覚書が交わされた。同時に、高速鉄道に加え他のインフラ建設など多方面の中国の経済協力が表明されたという。
 中国のインドネシア高速鉄道建設計画(ジャカルタ~バンドン間)案では、総事業費が74兆ルピア(約6182億円)と日本の事業費より800億円以上も高額で、しかも供与金金利は2%と日本の20倍であった。ただ、中国案の建設工期は3年(日本案5年)と短く、日本案より早期の開業が可能な分資金回収も早まる計算であった。インドネシア政府は、日本案と中国案のどちらを採択するか最終決定を前に、米国大手のボストン・コンサルティング会社に調査依頼を仰いでいた。この時点で日本側は、この会社なら信頼に足りるとして採択に強気だった。しかし、待っていたのはまさかの日本案白紙撤回(2015.9.3)だった。すなわち、インドネシア高速鉄道建設計画に対して中国は、ウィドド政権の意向(インドネシア政府に財政負担や債務保証を求めない条件)を受け入れた上で、民間プロジェクト(中国・インドネシア合弁企業)に対して高速鉄道建設資金を貸し付けるという中国案の提案をインドネシア政府に行ったのに対し、一方の日本側はインドネシア側が求める要望に対し日本案の修正案を示さずに終止したことから、2015年9月23日にインドネシア高速鉄道計画に対し最終的に中国案の採用が決まったのであった。
 日本の新幹線は、開業から半世紀を超えて大災害を2度(阪神・淡路大震災と東日本大震災)も経験してきた。東日本大震災では、高速営業運行中に発生した大地震であったにもかかわらず、運転中の27本の営業列車全てが安全に停止して乗客の被害はなかった。高速運行に伴うリスクへの対応は、高速鉄道にとって最も大きな課題である。その課題に挑戦して安全への道を切り拓き、2度も遭遇した大災害で安全性への結果を示したことは世界の高速鉄道網の進展に大きなインパクトを与え、世界が改めて日本の新幹線の高い安全性に称賛を送った。ただ、ここで言えることは、“世界の高速鉄道をリードするのはやはり日本”と新幹線の安全技術を如何に標榜してみたところで、新幹線システムの海外展開における受注に対して障壁として立ちはだかる政治的駆引き(戦略)を前にしては、世界一の安全や技術も決定打にはなり得ないことをインドネシア高速鉄道計画受注の成り行きがいみじくも証してくれた。
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                   〈 日本の高速鉄道海外展開への基軸を成す東海道新幹線N700系車両
高速鉄道海外展開の潮流に見る               
インフラ輸出における高速鉄道案件は、その整備には資金や時間もかかり、リスクも伺い知れない。とかく高速鉄道の海外展開(輸出)といえば、豪荘なイメージが描かれ、受注の行方に望みを託し一喜一憂しがちだが、その事象に先行して最も重要なのは開業後に予期通りの利用者需要が確保でき、投下資金に見合う運営に繋がるかということである。そのためには、受注を前にしての十分な事業化調査が欠かせない。インドネシアの高速鉄道建設計画では、インドネシア政府の要望に沿うかたちで中国は政府無保証の民間プロジェクトとして建設を受注したが、政府保証が無いままに高額な高速鉄道プロジェクトに資金を投じるのは資金供与者(国)にとっても余りにリスクが大きいといえる。その同様のケースを辿ったのが、今から9年前の2007年1月5日に純民間企業(台湾高速鐵路)によって台湾初の高速鉄道として開業した、日本にとって初の新幹線システム海外展開(輸出)となった台湾高速鉄道(台北~左營(高雄)間345km・総事業費約1兆7000億円(約4800億台湾㌦))であった。
 台湾高速鉄道は、高速鉄道としての存在意義はともかく、その運営状況は厳しかった。幹線ルートを結んでいるためビジネス需要は旺盛だが、高運賃・料金から一般の利用者には敬遠されがちであったことから需要が予想に反して延びずに資金繰りに窮し、開業8年目の昨年(2015)に経営破綻の危機に陥ってしまった。最終的には、台湾政府の支援を仰ぐ形となり、最悪の経営破綻の事態だけは回避されている。このケースに見る現実は、政府保証の無いままに時間も資金も要する高速鉄道の海外展開においては、計り知れない大きなリスクの招来を伴うことを暗に教唆している。
 今も、世界の各国で、高速鉄道の建設・導入計画が目白押しの状況にある。日本の安倍政権は、政権公約であるインフラの海外輸出の実現に力を注ぐ。その中で、日本の新幹線システムの導入が最右翼と目されているインドの高速鉄道計画の受注においては、先のインドネシア高速鉄道計画に例を見るまでもなく、国際間に軋轢を招くことだけは関連国の国益を尊重する上からも避けなければならない。これからも、高速鉄道の建設・整備に向けた海外展開への潮流は、さらにその勢いを増しつつ続いて行くであろう。 (終)

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