鉄道 ~ぶらり一景

 今冬は、全国的に寒さが特に厳しい。氷点下20~30℃の厳寒の日もめずらしくない、寒さの本場・北海道を走る鉄道の環境は厳しい。そのJR北海道が昨年7月から9月にかけ展開したDC(北海道デスティネーションキャンペーン)の一環として実施した「北海道“駅弁選手権2012”」で、駅弁3部門のグランプリ4点が決まった。その受賞駅弁4点は、ロングセラー部門では「かきめし弁当」(根室本線厚岸駅)、新作部門では「ふっくら鰊親子弁当」(函館本線札幌駅など主要駅)、スペシャル部門では「石狩鮭めし」(函館本線札幌駅)および「時不知の手まり寿司」(函館本線札幌駅と千歳線新札幌駅)の駅弁である。

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 そうした日本各地の有名・人気の駅弁を大集結させた、新年恒例の駅弁大会(第48回「有名駅弁と全国うまいもの大会」)が今冬も都内の有名百貨店で開催された。250を超える、想いでの味や故郷の味とグルメが終結し、素材にこだわった地方の駅弁の数々を味わうことができる。今冬の駅弁の名物対決企画は“えび・かに対決”で、「伊勢えび弁当」(千葉県いすみ鉄道大原駅)と「食べくらべ四大かにめし」(北海道宗谷本線稚内駅)が披露された。春も間近、味わいたくなるような故郷の旨いものが詰まった駅弁を求めてこの春、ぶらりと列車に乗って旅に出てみませんか…。
 いつも身近にあるそんな日常の鉄道に関し、時折覗かせてくれる話題のいくつかを新聞の投稿欄に寄せられた声から、ランダムに以下に紹介します。


 電車で新聞読む光景が好きだ   (埼玉県 介護福祉士男性53歳)
 先日、早朝に通勤電車に乗ったところ、私と同年代の男性が向かいの席に座った。ネクタイを締め、コートを羽織っている。
 電車が発車すると、男性はバッグから新聞を取り出し、四つ折りにして読み始めた。早朝のこと、車内はガラガラだから新聞を広げても誰にも迷惑はかからない。それでも、四つ折りで読む姿に好感を持った。
 それにしても、電車内で新聞を読む人に出会ったのは久しぶりだと感じた。最近は、携帯電話やスマホなどの最新機器を操作する人ばかりが目立つ。だから、その男性の姿はとても新鮮だった。
 私は、食い入るように新聞紙面に視線を走らせる人を目の当たりにすると、気が引き締まってくる。その人の社会や政治、経済などに対する真摯な姿勢が私にも伝わってくるからかも知れない。
 最近は、「新聞は小さく折ってください」との車内放送も聞かれなくなったが、紙の新聞を電車内で読む光景が復活することを願っている。

 どう考えたら 新幹線の三景   (静岡県 無職男性63歳)
 暮れの新幹線、相当の混雑なので指定車両に移ってみた。ここも満席だったが、ふと見ると、座席に小さなバスケットが置いてあり、中には小犬が。隣に若い女性が座っていた。早速、「ここ空いてますか」と尋ねてみた。するとその女性は、「指定席券を買ってあります」と答えた。私は、虚を突かれた思いがした。
 改めて車内を見渡すと、多くの立っている大人の中で、母親の隣で3歳ぐらいの男の子が座っている座席もあった。あれも、指定切符を買ってあるのだろう。
 仕方なく一杯の自由席に戻ると、ここにも学童前と思われる子が親の隣に座っていた。懲りもせずにまた、「ここ空いてますか」と尋ねると、その母親は仕方なさそうに子どもを膝の上に乗せ、席を空けた。私は、その空いた座席で居心地の悪さを感じながら、この新幹線の中での三景をどう考えたらいいのか自問した。

 一番列車で食べた母のお弁当   (愛知県 保育園栄養士女性50歳)
 まだ日の昇らない田んぼの中の一本道を、月曜日の早朝、母と駅まで歩く。一番列車に乗るためだ。
 幼い頃、家の事情で祖父母と暮らしていた私は、土曜日に両親のもとに行き、月曜日の朝に帰って、小学校へ行く生活だった。朝早いので、母がお弁当を作ってくれた。中身は、いつもカツ丼だった。列車に乗り、ふたを開けるとまだほんのり温かい。甘い汁がしみこんでいて、とても楽しみだった。そのお弁当を食べながら、1時間半の車中を母と、駅の名前を覚えたり、九九の暗唱をしたりして過ごした。今思えば、あの頃の両親はかなり切り詰めた生活をしていた。カツ丼は贅沢な食べ物であったと思う。母は、いつもおにぎりだけだった。
 一昨年(注・2011年)、母と姉と3人で列車の旅をした。青森に着いたら昼食と考えていたが、盛岡で乗り換える時、母がお弁当を買ってきた。「一緒に食べようよ」とうれしそうに。あの時も、本当はこうして同じものを食べたかったのだろう。「これもおいしいけど、やっぱりお母さんのカツ丼が一番だわ」と言ったら、母は優しくほほえんだ。

  米坂線 バスのような温かさ    (川崎市 男子中学生14歳)
画像 昨年(注・2012年)の夏休み、僕は父方、母方、両方の祖父母を訪ねるため山形新幹線で米沢駅まで行き、日本海へ向かう米坂線に乗った。
 列車は2両編成で、全長90.7㎞を約2時間で結ぶ。20ある駅は無人のところが多く、山小屋ほどの小さな駅舎が続く。運転士さんは、ドアの開閉、料金の精算まで一人でこなす。僕が列車に乗るときの定位置、1両目の一番前で運転の様子や車窓に迫る2本のレール、脇を流れる山々を眺めていた。
 ある駅に停まると、小学校低学年ほどの女の子が運転士さんに話しかけた。乗る方向を間違えたらしい。反対の列車は3時間は来ない。運転士さんは、女の子の家族に連絡を取り、その駅まで迎えに来てもらうように頼んでいた。女の子が降りて、5分遅れで列車は走り出した。
 まるでバスの中にいるように、乗務員と乗客との間に隔たりのない列車。運転士さんの優しさを感じ、乗客たちもゆったりした気持ちを味わったようだった。

 豪雪のなか乗り継ぎ重ね受験    (茨城県 無職男性69歳)
画像 1963(昭和38)年、日本海側が猛烈な雪に見舞われた。“三八豪雪”である。新潟発の急行列車が106時間半遅れで上野駅に到着し、当時の話題となった。
 大学受験の年だった。新潟在住の私は、除雪作業に明け暮れ、勉強どころではなかった。その焦る気持ちに、鉄道の不定期運行が輪をかけた。しかも、他に受験する知人もいなかった。
 余裕を持って上京することにした。早朝の長岡駅で、親切な駅員さんが一緒に考えてくれた。新津駅まで各駅停車が動くというので、それに乗り、新津で磐越西線、郡山駅で東北本線へ。東北本線は大動脈だから、完全運休はないだろうとの助言だった。道中をほとんど記憶していない一人旅。翌朝、上野駅に到着したときは、さすがに疲れた。売店であんパンと牛乳を買い求め、駅の待合室で仮眠したことを思い起こした。 
関連公開ブログ『サンパチ豪雪』2007.12.19

 子に席譲らせた魔法の言葉    (横浜市 主婦65歳)
 JR横浜線の車内で、座ろうとした席にタッチの差で小学4、5年の少年が座った。直後、彼の隣席の老婦人が何事か呟くと少年はすぐに席を立ち、代わりに私が座って少年に「ありがとう」とお礼を言った。少年に席を譲らせた「魔法の言葉」とは。老婦人に伺うと、「やはり悪い子だったのね」…だった。
 私は以前、優先席で漫画を読んでいる男子中学生に「あなたが座る場所ではないでしょ。この方に譲って差し上げたら」と、一方的に命令したことを思い出した。
 どちらが教育的だろう。横浜線の老婦人の言葉を聞いた少年は、席を譲ることにより自分は“悪い子”ではないと思え、最終的に私からのお礼を聞いて自分を“善い人”だと確認できたであろう。老婦人の、含蓄のある咄嗟の一言に教えられた。

 リニア新幹線は必要だろうか   (川崎市 高校女性講師64歳)
 リニア中央新幹線が来年、品川~名古屋間を40分で結ぶべく着工の運びだという。だが、私には政府やJR東海が考えていることが、全く理解できない。
 空路の他に、鉄道や道路がこれだけたくさんあって、しかも人口が減少に向かう時代に、なぜリニア新幹線が必要なのか。わざわざ出かけなくても、メールやファックス、電話など瞬時に相手に届く文明の利器には事欠かない日常でもある。
 そもそも大深度の地底にトンネルを掘って、地震や火山の噴火、予期せぬ水脈の切断などにどう対処するつもりなのか。日本列島は、四つものプレートがせめぎあっている。いわば、列島全体が活断層のようなものだと言える。また、富士山の噴火も取り沙汰されている。

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 さらには、巨額の電力消費が覆い被さる。建設費は約9兆円、JR東海が自前で捻出するというが、原資は私たちの払う運賃だ。リニア新幹線は、やはり造らせてはいけないと思う。
参考国鉄時代の昭和40年代に始められた磁気浮上式リニアモータカーの基礎研究および同50年代からの実験線での本格的実験を経て、国鉄の民営化により同実験を引き継いだJR東海による25年に及ぶ実験線における走行試験および技術開発で飛躍的に発展し、500km/hという高速営業運転可能の領域にまで引き上げられた。その結果、2009年7月に国土交通省超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会によって超電導リニア技術はすでに営業運転に支障のない技術レベルに到達の旨が確認された。リニア中央新幹線は現在、東京~名古屋間において環境影響評価の手続きが進行中であり、また山梨リニア実験線延伸工事が2013年度内完成に向け進行中で、新型営業線仕様の超電導リニア車両「L0系」(エル・ゼロ)5両も昨年11月に実験線の車両基地に搬入されている。

 電車にベビーカー区域設けて   (東京都 主婦61歳) 
画像 「ベビーカー、邪魔ですか」(2013.1.12夕刊)という記事を読みました。私は以前から、電車内のベビーカーは邪魔どころか、危険なのではと思っていました。
 電車が急停車をした時、ベビーカーが暴走したり、あるいは周りの乗客がベビーカーの上に倒れ込んだりして、赤ちゃんや乗客が怪我でもしたら誰が責任を取ってくれるのでしょう? でも、これはマナーとか思いやりといったソフトで解決を図る問題ではなく、ハードで対応できることだと思います。
 以前は、駅の階段をベビーカーを抱えて上り下りしていたのが、エレベーターの設置で解消されました。今度は、車内にベビーカーのスペースを作り、できればそこにちょっとした囲いと親御さんが座れる椅子があれば、軋轢は減るのではないでしょうか。
 乗客を安全に目的地まで運ぶことが、鉄道会社には期待されていると思います。鉄道会社のみなさん、検討して頂けないでしょうか。
参考「ベビーカー、邪魔ですか」と題した夕刊新聞記事の概略を次に示します。 ~首都圏の鉄道会社と東京都が昨年(2012)、“赤ちゃんを守るのは、みんなの思いやりです”と記した車内のベビーカー利用に理解を求めるポスターを駅に張り出したところ、“ベビーカーは優先されて当然”とばかりの表現に対し、ベビーカーに批判的な声が多く寄せられたという。また、ツイッターを通じ公共交通機関でのベビーカー利用について意見を募ったところ、車内でたたむと子どもを抱っこして大きな荷物を持ちながら重いベビーカーを支えていなければならず辛かったといった、子育て世代からの切実な声が多数寄せられた。一方で、ぶっつけても謝らない、閉まりかけたドアに突っ込んできた、空のベビーカーを広げたままの人もいて乗せないなら畳んで欲しいなどといったベビーカー利用者のマナー違反を指摘する声も。首都圏や関西の鉄道会社がベビーカーを広げたままで乗ることを認めたのは1999(平成11)年頃という。ただ、ほとんどの鉄道会社は混雑時にはご配慮をなどとしており、はっきりしたルールはないという。また、ベビーカーも変化しており、海外製が普及し始めた5年ほど前から、かつての主流だった“軽量・コンパクト”から乗り心地や安定感を重視した“大型化”が進んでいる。公共交通機関でのマナーに詳しい谷口綾子筑波大講師は、不快に思う一因は「何を考えているか分からないこと」にあると分析する。利用者が『お騒がせしてすみません』と添えたり、周りの人が見守るだけでなく『荷物持ちましょうか』と声をかけたりするだけで場は和む。上からのルールだけでなく、雰囲気づくりも大切です、と言う。 (終) …朝日新聞を参照する

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