終わりのない安全対策

一昨年(2005)は、JR西日本の宝塚線(福知山線・兵庫県尼崎市)列車脱線事故をはじめ、JR東日本の羽越線(山形県庄内町)列車脱線転覆事故など、幾つかの大きな鉄道事故が発生した年であった。
画像 とかく事故が発生すると、その原因についてヒューマンエラーが追求され、ヒューマンファクターの絡む場合が多い。社会一般で、これまでに発生した事故原因の60%以上がヒューマンエラーによるものと見られている。人間は、行動などを含め極めて不安定な存在で、機械のように一定の入力に対して常に一定の出力を生じるというわけではなく、思わしくない結果(事故)に至ってしまうこともあって、そこに潜む人的不安定要素をヒューマンファクターと呼んでいる。
 すなわち、人間が持っている能力は、周囲を取り巻く環境の変化によってその発揮が大きく左右されやすく、常に一様とは限らないということだ。また、そのヒューマンエラーは、もともと最初から間違いをしようとして行動する人などいないことから、人間が本来備えている特性の一部分ともいわれている。従って、事故に至る根底には、関係する人の能力や判断、行動が大きく影響していると見られており、過去の事故からもヒューマンファクターに係わる部分の多いことが分かっている。
 そのようなことから最近では、ヒューマンファクターを単に“人的要因”と捉えるのではなく、“機械やシステムを安全にしかも有効に機能させるために必要とされる、人間の能力やその限界、特性などに関する知識や概念、手法などの総称である”と定義している。

日本の鉄道は、世界的にも極めて安全性が高いことで知られるが、時として大きな事故が発生することも事実で、ここ数年の鉄道事故発生件数は低下してはいるものの、列車の脱線事故率が高くなっている。その大部分は、自然災害や踏切事故等の不可避的な要因が大勢を占めるが、運転士にとっては対応のしようがない脱線事故の多いのが特徴だ。すなわち、鉄道側から見ると、防災対策や踏切整備等の周辺状況が改善されない限り同種事故は減少しないことになる。
画像 同じ脱線事故でも、異音や振動といった異状に早めに気付いて減速や停止の処置を取る乗務員の判断が、惨事への広がりを未然に防いだケースも少なくない。勿論、逆に異常な状況に遭遇して冷静な判断を喪失したり、パニックに陥り被害を拡大させてしまったケースもある。
 つまり、人間の判断や行動が結果を大きく左右するということである。そうした人間のエラーに係わる事故を防ぐ有効な方策として、人間の関わりを極力排除したシステムを構築するという考え方もあって、実際に人間を不要とする完全自動化なとの対応で効果を挙げてもいる。
 とはいっても、完全自動化の例は現実には少なく、ほとんどの場合は人間と機械が共存して安全を確保しているのが実態だ。その辺のところをわきまえずに、システムに頼る余りに最近では人の安全に対する感性(危機感)が低下してきているといえなくもない。それを示唆するかのような事故が、2006年9月に海外で起きた。
 ドイツの磁気浮上式高速鉄道「トランスラピッド」の実験線で、試乗客を乗せた3両編成のリニア列車が軌道上で工事用の車両に衝突し、多数の死傷者(死者23人・重軽傷者10人)を出したのだ。原因は、軌道上の安全確認が不十分のまま列車を発車させてしまった、それこそ単純な人的ミスだった。安全に対して最新の技術・システムを駆使しているはずの磁気浮上式の高速鉄道で、こうした事故が起きたことはやはり前述の如く最新技術に頼る余りのシステム過信に、人の安全に対する感覚が鈍り安全の基本(確認)が疎かにされたことの顕れと言えまいか。
 この事故のように、安全に対しては技術の改善・向上と人の対応が上手く整合していないと盲点も生じやすく、単純なミスも思わぬ惨事への引き金になりかねない。

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人間は本来エラーを犯しやすいという観点から、さまざまな事故防止対策や事故を拡大させない対策が考えられてきた。これまでは、誤った行動(エラー)をしたからといって直ちに事故に結びつくわけではないが、時と場合によっては小事故が起きたり大事故に至ったりすることから、事故防止上からエラーの再発を防ぐ「エラーマネジメント」(再発防止安全対策)に重点が置かれていた。
 しかし最近では、人間が誤った行動をしてしまうのは、すでにそこに過ちを誘発しかねない状況が存在しているためであるとして、その兆しを早めに見出してエラーを招きやすい状況を予め排除するという、“予防型安全対策”が必要であるとの認識が高まりつつある。
 この対策を「スレット(threat:~の兆し、おそれ)マネジメント」と称し、また、従来のエラーマネジメントも当然事故防止には欠かせない対策であるとして、双方の安全対策を融合させて「スレット&エラーマネジメント」(TEM)と呼んでいる。すでに、TEMの重要性は交通関係者の間で認識されはじめており、スレットに対する感性を高める訓練などがさまざまに試みられている。しかし、スレット感覚の欠如が招いたとも思われるケースの事故も起きている。
画像 昨年(2006)11月、JR西日本津山線(岡山~津山間58.7㎞)の牧山~玉柏間(岡山県岡山市下牧)で、巨岩(推定重量100㌧)の落下によりレールが切断され折れ曲がったところへ通りかかった普通列車(ディーゼルカー2両編成)が脱線・横転し、乗客25人全員が怪我(乗務員に怪我はなかった)をした事故だ。
 この事故の発生前に、山側を走る津山線に並行する県道で、やはり巨岩の落石が発生して道路が陥没する事故が起きていた。このことは、近くを走る鉄道へは連絡されず終いだった。
 2005年2月にも津山線では、同じ区間で今回の事故より玉柏寄りで落石事故が発生しており、もし今回の落石による道路陥没の事故が鉄道側にも知らされていたとしたら、鉄道側とて注意運転等何らかの対応を取っていたかも知れず、未然防止が図られたのではないか、とも思う。
 この列車脱線・横転事故は、道路への落石事故をその場だけのこととして収めてしまった道路管理者側の、スレット感覚が欠如していたケースともいえよう。この例は、とりもなおさず、危機管理意識を共有することの重要性を如実に示している。

既述のように、人間は期待通りに行動するとは限らず、そのためエラーの防止に対しては個人のみの努力に頼るのではなく、人の特性(不安定性)を理解した上で組織全体で安全に対する認識をしっかり持ち続けていくという、安全を最優先とする企業風土の育成が必要であろう。
 絶対に安全だという対策に慢心してはならず、安全には“絶対”はないことを銘記すべきで、取り組むべき安全対策に終わりはない。 (終)
 

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