在りし日
現場と行政 JR宝塚線脱線事故
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作成日時 : 2008/05/02 19:26
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J
R西日本の宝塚線(福知山線)電車脱線事故から、今年の4月で3年が経った。同事故(2005.4.25…曲線個所で運転士が速度を超過して運転したため脱線、線路脇のマンションに激突して107人死亡および重軽傷562人を出した)は、JR化(1987年)後に起きた事故としては最大の惨事とあって多方面に大きな衝撃を与えた。
そして、この大事故は、その原因究明にも況して、民営化に伴い利益追求を優先してきた企業体質や企業風土にまで踏み込み、安全軽視につながった企業意識・姿勢が強く問われ、さまざまな課題を提起した近年まれに見るケースだった。そして、“安全を置いてきた企業風土”としてJR西日本は、社会から厳しい糾弾を浴びた。
鉄
道運営の究極に貧していた旧国鉄を救うために採られた分割・民営化は、赤字脱出への成功例として見られてきた。が、6分割された旅客会社のうち、本州のJR3旅客会社(東日本・東海・西日本)の足並みは発足時から決して一様ではなかった。
首都圏を基盤に置くJR東日本は、旧国鉄当時の黒字11路線のうち山手線をはじめ8路線を引き継ぎ保有して、比較的に安定した経営基盤を取得した。JR東海も、東海道新幹線という日本の産業・経済の動脈を貫くドル箱路線を持った。これに対してJR西日本は、山陽新幹線を保有するも、経営基盤を置く京阪神地域が“私鉄王国”とも呼ばれる競合路線の多くひしめく中で、簡単には利益を生み出せる状況にはなかった。すなわち、収益力の基盤が、他の2旅客会社に比して大きく見劣りしていたのだ。その格差を補うためには、何としても利益追求の方途拡大を図らなければという会社内の焦りが、常に新会社発足当初から経営陣の意識下にはあったのであろう。
なかでも、順調に事業拡大や株式上場で利益水準を伸ばして先行するJR東日本は、JR西日本にとって気になる存在であったに違いない。そうした強いライバル視がJR西日本をして、安全をじっくり顧みる余裕などつくれないほどに、背伸びを強いてきたのではないだろうか。
では、何故JR西日本は、最優先とすべき事業の安全を後回しにするほどまでして、利益優先に走らざるを得なかったのだろうか。
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こに一つの数値がある。本州JR3旅客会社が、1987(昭和62)年に新会社として発足以降2004(平成16)年までの間に、合理化を図って削減した人員数だ。JR東日本は8万2500人を7万280人へ15%削減、JR東海は2万1410人を2万280人へ5%減少させたのに対し、JR西日本の人員削減数(合理化)は驚きに値する。5万1530人でスタートした人員は3万2850人と、同じ17年間に実に36%と4割近い人員削減をしてきたのだ。
そして、こうした人員削減によってJR西日本の利益水準は飛躍的に向上し、2005年3月期決算で経常利益は実に959億円と、1千億円に限りなく近づいていたのだ。この発展的会社状況の中でJR西日本は、大学生の人気就職先として関西圏ではずば抜けていたといわれる。
この間、日本の産業界にはリストラブームが吹き荒れていた。長引く不況下で、リストラを進めれば進めるほど企業の合理化・スリム化が進み、そうした企業の株価が上昇するといった異常現象まで現れていた。こうした急激ともいえる人員削減・合理化に圧倒されて安全に対する不安感が薄らぐ中で、行き過ぎたリストラの弊害が日本を代表する大企業で事故の連続発生という、深刻な形で顕れた。
三菱自動車の欠陥車問題、新日鉄のガスタンク爆発、ブリヂストンの工場火災、美浜原発の蒸気漏れ事故、日本航空のトラブル増加と続いた。まさにこうした背景の中で、JR宝塚線の脱線事故は起きたのだった。
もともとJR西日本は、分割・新会社発足時に赤字ローカル線を多く抱える経営基盤の地域を引き継ぎ、経営体質が脆弱だった。そこで力を入れたのが、先の脱線事故を起こした宝塚線(福知山線)をはじめとする「アーバンネットワーク」(京阪神都市圏輸送網)と称し競合私鉄に対抗した京阪神地区主要路線の輸送力強化だった。
“より速く、より便利に”をうたい文句に、新型電車の大量投入とともに、複線化・高速化を進めることでより効率的な運行を図って運転本数を増やしてきた。その結果、私鉄王国とまでいわれる関西圏で私鉄の利用者を取り込み、運輸収入の4割を京阪神地区で稼ぎ出すという経営基盤の強化・拡大が図られたのだ。こうした競合私鉄との競争を意識するあまり、アーバンネットワークにおいてJR西日本は全社挙げて輸送力の拡大に力を入れてきた結果、“安全”への投資が後回しになるほど目先の結果にとらわれ過ぎていたことが、脱線事故へつながった素因ではなかっただろうか。
J
R西日本では、合理化・効率化とあいまって利益追求が安全面と同じレベル以上に主体性を占め、競合路線に打ち勝つために列車運行の高密度化・高速化に拍車がかかり、これが現場の仕事に無理を強いる状況となっていったのではないだろうか。
大量高速輸送機関である鉄道は、ひとたび事故が発生するとその被害は甚大で、社会的影響も計り知れない。JR宝塚線脱線事故を含めた近年の鉄道事業に関わる事故等において、鉄道事業者の安全を最優先とする意識の形骸化、経営部門と現場間の意思疎通・情報共有の希薄化等が同脱線事故の前後で指摘されていた。
こうした状況を受けた国土交通省は、JR宝塚線脱線事故を機にさらなる安全性向上を図るため鉄道事業法の一部改正を行い、2006(平成18)年10月1日から実施した。改正の大きなポイントは、鉄道事業者内の安全管理体制の確立・利用者による監視の強化(国・鉄道事業者による安全に関わる情報の公表)・国による指導監督体制の強化の3点であった。
JR宝塚線脱線事故の直後(2005.5.6)に国土交通省は、JR各社は勿論、大手私鉄など全国の鉄道事業者を対象に通達を出し、運行ダイヤやATS(自動列車停止装置)など鉄道施設および車両についての総点検と報告を求めた。
同時に、JR宝塚線の運転再開にあたっては、新型ATSの導入や最高速度の抑制を含む大幅な列車運行体制の再編成を前提とした。
ただ、法的観点から見ると、事故を起こした鉄道事業者に責任があることは当然のこととしても、行政が監督する立場としての所定の権限を鉄道事業者に対して適切に行使してこなかったのではないか、との疑問もないわけではなかった。すなわち、鉄道の施設等についての使用にあたっては監督官庁(国土交通省)の事前の検査を、車両でも事前の確認を受けることが法律(鉄道事業法)で定められており、監督官庁の強い干渉(監督指導)の下で鉄道事業は展開を許されているのだ。したがって、先の通達にあった運行ダイヤについても、鉄道事業者が運行計画として事前に監督官庁に届け出る規定があり、それを踏まえればJR宝塚線脱線事故で指摘された運転士に無理を強いていたという過密ダイヤは、いわば国がお墨付きを与えたものであったという側面も忘れてはならないことであろう。言い換えれば、国土交通省が事故が起きてはじめて新型ATS設置の義務化を検討したということは、国の鉄道行政が安全に関して後手に回っていた証でもあるということにならないか。
先に述べた鉄道事業法の改正が、国・鉄道事業者双方の協力を通して、安全輸送に向け役立てられていくことを期待したいところである。
当
時、JR西日本が国土交通省へ提出した脱線事故後の安全性向上計画に対して当時の国土交通大臣は、計画は役所へ提出する文書という位置づけではなく、被害者や利用者、国民への約束事になる、とJR西日本に釘を刺したといわれている。が、同時にこれは、行政の監督権限の適切行使に向けた約束事にも通じるといえるのではないか。
効率重視の中で、安全対策が後手に回ってしまったのは何故か、何が安全軽視の企業風土を生んでしまったのか、それが宝塚線脱線事故にどう関わったのだろうか、現場(鉄道事業者)・行政ともども安全を考える上で忘れてはならないことだろう。そして、一方通行的になりがちな鉄道事業者への国の行政指導にも況して、その履行実態の把握と監督権限の適時適切行使の必要性が利用者の安全確保に欠かせないことを、JR宝塚線の脱線事故は暗に示しているようでもある。
民営化となったことで、効率性や経済性を追求しやすくなっていると同時に、また、その追求なくしては企業の存立にも関わることとなり、鉄道という公益事業にとって利益追求と必ずしも両立しない安全面への配慮をどう担保(確保)すべきか、各鉄道事業者にも国にもJR宝塚線脱線事故は問いかけたのではないか。安全第一をこの上なく求められる鉄道事業、安全と利益は相反するのではなく、相対していること(表裏一体の関連)を企業理念として関係者はしっかり認識すべきであろう。
そして、3年前のJR宝塚線脱線事故の悲劇を、ひとりJR西日本だけの問題に留め(矮小化)てはならない。3年を経た今も、同事故に遭われた乗客たちに対する補償交渉の成立は遺族約2割・負傷者約7割に止まり、たとえそれが全うされたにしても、JR宝塚線脱線事故に遭われた人たちの受けた悲しみや心の傷はいくら時を費やしても癒えるときが来ることはないであろう…。
(終)
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