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陽炎が立つ線路
陽炎が立つ線路  まもなく夏本番を迎えようとしている梅雨の晴れ間、この夏はいつもより暑くなるとの長期予報を伝えるテレビを横目にビールを煽りながら、ふと遠い夏の日に想いを巡らせていた。  …線路に熱風を残して彼方へ去って行った貨物列車の、真夏の白い陽炎にぼやけて揺れる黒い塊を不思議に、学校帰りの踏切にたたずんでいつまでも見つめていた田舎での小学校時代を…。  そういえば、近頃はとんと陽炎に目を向けた記憶がない、いや、目に映らない。たしかに、奥まった地方にでも出向かなければ、線路の周辺に住宅地などが密集して開け... ...続きを見る

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2008/07/01 13:02
鉄道と歌謡
鉄道と歌謡  “あなたを待てば 雨が降る〜”…文字を追うより先にメロディが脳裏を掠めている。そして、これだけのフレーズで“有楽町駅”が浮かび上がる。  鉄道が歌の中に盛んに現れるようになったのは明治後半頃とされ、現在に至るも鉄道に関する情景を歌い込んだものは数知れない。そうした過程の途上で鉄道は、庶民の生活に密接に関わってきた。そして、鉄道に寄せるノスタルジアは歌を介して人々の心の中に託されてきた。    鉄路の営みから生まれる情景の数々は、人の世の営みに似て、出会(出逢い)と別離(別れ)の象徴として... ...続きを見る

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2008/06/29 18:41
鉄道駅等バリアフリー化の現状
鉄道駅等バリアフリー化の現状 老若男女を問わず不特定多数の人が毎日利用する鉄道駅等では、近年の日本が諸外国に例を見ないほどの少子高齢化が急速に本格化している中で、バリアフリー環境の整備が急務となっている。  総務省統計局のデータによれば、65歳以上の人が全人口に占める割合が1985(昭和60)年に約1割(10.3%)であったものが、20年を経た2006年には2割(20.8%)を超えた。この先2015年には、国民の4人に1人が65歳以上の高齢者という、まさに高齢化社会の到来が確実視されているのだ。  また近年は、身体障害者... ...続きを見る

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2008/06/26 18:44
地域公共交通の今
地域公共交通の今 地域公共交通の活性化・再生の問題が、今、クローズアップされている。そして、地域住民の足でもあるローカル鉄道の廃止が続く中で、茨城県ひたちなか市で茨城交通湊線として長らく営業してきた勝田駅と阿字ヶ浦駅間(14.3q)を結ぶローカル鉄道が、市民の果敢な後押しで廃止の危機を乗り越え2008年4月1日に第三セクター「ひたちなか海浜鉄道」として、新しいスタートを切っている。地域が主体的に関わることで、地域主導型の運営を行うという新しい事業形態を活かしての“出発進行”である。ただ、厳しい道のりが続くことに変... ...続きを見る

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2008/06/21 18:01
定着した新在直通・ミニ新幹線
定着した新在直通・ミニ新幹線 奥羽本線・田沢湖線の在来線を改築(標準軌間化)して東北新幹線へ直通し、東京への直結を図って開業した新在直通の山形・秋田両新幹線(ミニ新幹線)は、山形新幹線が1992(平成4)年7月1日に、秋田新幹線が1997(平成9)年3月22日にそれぞれ開業して以来、今ではすっかり定着した存在となっている。 ...続きを見る

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2008/06/16 17:00
鉄道車両色の今
鉄道車両色の今 戦前から戦後にかけて鉄道の車両色(車体色)は、単一色が慣例だった。多くの車両を擁していた当時の国鉄にあっては、車両の清掃(車体洗浄)などが専ら手作業に拠っていたため、汚れの目立たない黒や茶の系列色が選ばれ、しかも塗装の容易な単一色が使われてきたと思われる。  ちなみに戦前からの車両には、一部を除き黒っぽいブドウ色(ぶどう色1号)一色が塗られ、後にやや赤みを帯びた濃い茶色に変わり、ぶどう色2号と称して電気機関車や客車、国電の標準色となった。 ...続きを見る

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2008/06/08 18:17
巡って80年あまり・山手線
巡って80年あまり・山手線 先の戦争(太平洋戦争)で東京圏は広大な焼け野原と化し、寄る辺をなくした人々を吸い寄せたのが鉄道駅前の闇市だった。“光は新宿から”と墨書きされた看板を掲げてヨシズ張りの露店(闇市)が立ち並んだのは、終戦(1945(昭和20)年8月15日)から5日ほど後の山手線(当時国鉄)新宿駅裏だった。とりわけ、新宿をはじめ池袋、上野、新橋、渋谷など山手線のターミナル駅周辺が盛大を極めた。敗戦にもめげずに、戦後生活の旺盛な活力を生み出してきたのが、かつての国電を代表する山手線の環状界隈であった。  今、最早戦後... ...続きを見る

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2008/06/03 18:22
乗物に例えた時間の流れ
乗物に例えた時間の流れ  6月10日は、時間の大切さをかみしめる「時の記念日」。日本人に欧米人並みに時間尊重の意識を持ってもらうことを目的に、1920(大正9)年に制定された。  「時間はスイスでつくられ、フランスで使われる。イタリアでは欲しがられ、アメリカでは金になる。そしてドイツには存在しない」…ジョン・ヒューストン監督の映画「悪魔をやっつけろ」(1954年米作品)の中で語られたセリフだ。これに倣えば、今の日本での“時間”は、さしずめどう表現されるのだろうか。 ...続きを見る

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2008/05/29 18:01
時刻“表”?・・・
時刻“表”?・・・  月刊刊行物の中でベストセラーともいわれている鉄道の「時刻表」、今では複数の発行会社から多様式・多サイズの時刻表が、一般書店の店頭に並ぶ。交通関連の時刻表を月刊で発行しているのは、おそらく日本ぐらいで、ヨーロッパや中国などでは年に1〜2回程度といわれている。  日本で、時刻表の刊行回数が外国に比べて多いのは、外国では例がないほどの列車の運転規模(本数・頻度)の大きさによるともいわれ、関連交通機関を含め毎月のように変動する列車ダイヤなどのためともいわれている。すなわち、常に新しい時刻表を手許に置... ...続きを見る

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2008/05/28 18:34
懐古・テルファー
懐古・テルファー ・・今ではとんと聞かなくなったが、「テルファー」(またはテルファ:telpher)という言葉をご存知だろうか。あまり聞き覚えのない言葉であろうと思われるが、鉄道用語辞典によればテルファーとは、荷物運搬車をワイヤーロープで吊り上げ線路上を横断して運搬する設備、とある。  現在の鉄道の現場からはすっかり姿を消してしまったが、一般に旅客設備とは一線を画される荷物・貨物関係の設備であっただけに、関心を引かれなかったことは確かだ。今でも、港湾設備として荷揚げなどの運搬に使われているが、鉄道からは30年以... ...続きを見る

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2008/05/25 16:34
♪〜月を旅路の友として
♪〜月を旅路の友として  “明治”という遠い時代を知らない人でも、“♪ 汽笛一声新橋を/はや我が汽車は・・”の歌い出しやメロディを聴けば、あゝあの歌か…と、明治時代につくられたと知らずとも馴染みが深いのではないだろうか。明治、大正、昭和、平成と、1世紀以上にわたって歌い継がれている、あの「鉄道唱歌」である。“唱歌”といっても、学校の教科書に載っているような歌ではない。  なぜ、こんなにも長い時代、世代にわたって歌い継がれてきたのだろうか。それは、おそらく詞が七五調で流暢なこともあって覚えやすく、歌い込まれた数行の詞の... ...続きを見る

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2008/05/17 16:42
川に沿う線路
川に沿う線路  山国の日本、開けたところといえば、少ない平野部を除けば、ほとんどが盆地や山間部、渓谷沿いといったところだ。そのため、鉄道の線路は、その多くが河川に沿って敷かれている。  緑の平野を幾重にも曲がりくねってとうとうと流れる川、そんな風景を、ちょっと俯瞰してもみたくなる。以前に、旅の途中で寄った博物館で鳥瞰図なるものを見たのを思い出し、そんな想像に駆り立てられた。  山間を流れ下る川は、当然の如く蛇行を繰り返して平野に出る。その平野でも、地形に模して蛇行する。曲がりを重ねる一筋の川を、一本の線路... ...続きを見る

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2008/05/15 17:51
さらに高速化へ
さらに高速化へ 現 在、世界の高速鉄道で最高速度300km/hの営業運転を行っている国は9カ国(フランス・日本・ドイツ・スペイン・ベルギー・イギリス・韓国・イタリア・台湾)に及び、さらに300km/hを超える高速域で運転しているのは、最高速度320km/hのフランス東ヨーロッパ線が今ところ唯一の営業例だ。  それらの世界の高速鉄道が居並ぶ中で、日本の新幹線にとってライバルでもあるフランス国鉄(SNCF)の高速列車・TGVが、2007年4月3日に574.8km/hの鉄軌道世界最速記録を達成し、スピード... ...続きを見る

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2008/05/14 17:42
車窓の樹々
車窓の樹々  都会の雑踏を、西武電車に乗って小1時間も離れると、そこには鬱蒼とした樹々の緑と青の世界が待っている。秩父盆地へ通じる一本の山岳路線、飯能駅を起点に33q余りを緑に囲まれかき分けて走る西武秩父線、車窓を楽しませて電車は進む。 ...続きを見る

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2008/05/10 16:55
赤い電機が越えていた峠
赤い電機が越えていた峠  「分水嶺を越える列車」…絵になるフレーズだ。山岳トンネルの大部分はトンネル内の途中に頂点を持ち、双方の出入口に向かって下る形を成している。秩父盆地へ下る正丸峠、その直下をトンネルで抜ける西武秩父線の正丸トンネルも、サミットをそうして越える。  標高差こそ337b程度の峠ではあるが、鉄道路線はその前後にわたって25‰の急勾配と急曲線が連なる山岳路線を形成している。 ...続きを見る

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2008/05/10 14:29
暗闇の災禍…北陸トンネル列車火災事故
暗闇の災禍…北陸トンネル列車火災事故 ●5年前の・・192人もの死者を出した大惨事、まだ記憶に新しい2003(平成15)年2月18日に韓国大邱市の地下鉄で起きた列車火災事故(放火)は、日本では乗客に死者が出るような列車火災事故は1972(昭和47)年の北陸トンネル列車火災事故以降起きていないことから、鉄道関係者には勿論のこと、一般社会にも火災事故の恐ろしさを再認識させる機会となった。 ...続きを見る

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2008/05/04 18:46
現場と行政 JR宝塚線脱線事故
現場と行政 JR宝塚線脱線事故 JR西日本の宝塚線(福知山線)電車脱線事故から、今年の4月で3年が経った。同事故(2005.4.25…曲線個所で運転士が速度を超過して運転したため脱線、線路脇のマンションに激突して107人死亡および重軽傷562人を出した)は、JR化(1987年)後に起きた事故としては最大の惨事とあって多方面に大きな衝撃を与えた。  そして、この大事故は、その原因究明にも況して、民営化に伴い利益追求を優先してきた企業体質や企業風土にまで踏み込み、安全軽視につながった企業意識・姿勢が強く問われ、さまざまな課題を提... ...続きを見る

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2008/05/02 19:26
鉄道は札束も運んだ…
鉄道は札束も運んだ… \ かつて鉄道が日本銀行券(紙幣)を運んでいたとき、その輸送に使われていた日本銀行券輸送専用荷物車(マニ30形)が、小樽交通記念館(北海道小樽市手宮)で保存・展示されている。約半世紀以上も続いた鉄道による日本銀行券輸送は、高速道路網が全国的に整備されたことに伴い物流の輸送主体が鉄道からトラックへ転移したこととともに、従来から積み換えなどの労力が必要だった鉄道は時流に抗しきれず、2003(平成15)年度を以て終わりを告げた。 ...続きを見る

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2008/05/01 17:18
鉄道の食文化 峠の力餅
鉄道の食文化 峠の力餅 ●近代化され、高速化された現在の鉄道では、峠越えとして交通の難所だったところも、かつてのように途中で水の補給や補助機関車の連結、スイッチバック等のために列車が一息(長時分停車)入れたり、乗客もまた、名物のそば・うどん・餅などを食して気分転換を図るといったケースは、ほとんど希となった。  「五街道」が江戸時代に整備されたが、その路程には一定の間隔で宿場が置かれ、休息場所や宿泊施設が整えられた。また、各宿場間や宿場外れには“立場”(たてば)と呼ばれたところがあって、そこには茶屋が建ち並び、旅の途中... ...続きを見る

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2008/04/23 18:33
峠の鉄路 塩 狩 峠
峠の鉄路 塩 狩 峠 北上を続けている桜前線も、まもなく海を渡り北海道へ。白一色に埋もれていた宗谷本線(JR北海道)の塩狩駅周辺は、一変して、5月上旬から中頃にかけて見頃を迎えるおよそ1600本ものエゾヤマザクラと花見に訪れる人でしばし華やぎ、やがて新緑に包まれていく。  その塩狩駅(北海道上川郡和寒町塩狩)は、旭川〜稚内間259.4qに及ぶ宗谷本線唯一の難所である「塩狩峠」のサミット(標高263b)を名寄側へ下った直後の、標高256bの所に位置する。 ...続きを見る

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2008/04/18 17:01

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