鉄路の抒情

      ・・・ 春まだ浅い信濃路 ・・・
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                ~♪♪ 明日 私は旅に出ます
                     あなたの知らないひとと二人で
                     いつか あなたと行くはずだった
                     春まだ浅い 信濃路へ…

                     行く先々で 想い出すのは
                     あなたのことだとわかっています
                     そのさびしさが きっと私を
                     変えてくれると思いたいのです

                     さよならは いつまでたっても
                     とても言えそうにありません
                     私にとって あなたは今も まぶしいひとつの青春なんです
                     8時ちょうどの あずさ2号で 私は 私は あなたから旅立ちます 


画像 かつて、青春の日々に口ずさんだ数々の抒情歌には、故郷からの旅立ち、恋人との切ない別れ、自然界への逃避行、都会の喧噪との決別など…そこにはいつも列車があり、駅があり、旅に身を委ねるどこか孤独な感情が漂う切なさがあった。その中でも、列車との邂逅を巡る歌詞には、思い出や過去を振り切るために列車に乗り、忘れたはずの男に寄せる女心の悲しさを浮き彫りに描いたシチュエーションが多い。しかし、時の移ろいとともに色褪せてしまった情緒とは言え、懐かしい青春のメロディに乗って歌い継がれてきた歌は世代に関わることなく、今も人の心に深く染み入ることだろう。中には、色褪せるどころか何の前置きさえも要らずに、心に飛び込んでくる歌もある。
画像 そんな永遠の命脈を保っている歌の一つに、今から40年ほど前の1977(昭52)年に兄弟デュオの歌手・狩人が歌って大ヒットした青春抒情歌謡『あずさ2号』(作詞・竜 真知子、作曲・都倉俊一)がある。1977年3月25日に発表・発売された狩人のデビュー曲である『あずさ2号』は、一大旋風を巻き起こしてシングル盤の売上げは80万枚にも及んだ。愛する人との都会の片隅での暮らしに終止符を打ち、新しい恋人と特急〈あずさ2号〉に乗って都会を離れ、春もまだ遠い信州へ旅立つ女の複雑な心情(心の内)を歌った楽曲である。この歌は、青春抒情歌としては勿論のこと、実際の列車の愛称名そのものを歌のタイトルに据えていたことから、当時の国鉄中央本線(現在のJR)を走る特急列車の〈あずさ〉を一躍にして有名な列車に仕立て上げてしまった。
 『あずさ2号』のレコード(CDはまだ登場していなかった)が発売された当時、特急〈あずさ2号〉は新宿駅を歌のタイトルの如く朝8時ちょうどに出発して、八王子、甲府、茅野、上諏訪、辰野、塩尻と停車を繰り返して一路信濃路を走り、終着松本駅に11時46 分に到着していた。
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                          過ぎし日の信濃路を行く特急あずさ」 〉
画像 当然に、『あずさ2号』のヒットから40年余りを経た今〈あずさ2号〉という名称の特急列車はすでにないが、その歌はなお人の心に奥深くしみ入って歌い継がれている。この抒情歌『あずさ2号』が発売(1977.3)された翌年の10月2日に実施された国鉄のダイヤ改正に伴い、利用者への利便性を図るために下り列車には“奇数”の、上り列車には“偶数”の列車番号が付番されることになり、これを機に楽曲のタイトルでもあった〈あずさ2号〉という愛称の特急列車は楽曲発売の日から1年半余りで消え行く運命を辿ることになってしまった。されど、“あずさ”の特急列車としての名称は消え去ることなくしてその後も命脈を保ち、現在もJR中央本線の 看板特急列車として新宿~松本方面へ連日の如くに信濃路を疾駆している。

画像 従来の 女性の心情を歌ったエレジー(恋歌)は、その大勢において男に袖にされてメソメソする立場の弱い女性が主人公ではあった。しかし、『あずさ2号』の歌では、失恋を歌いながらも弱い立場から抜け出そうともがく女の自立に立ち向かう姿を描写しており、女性への応援歌としての一面をも併せ持つ。ここに、この歌が持つかつてない抒情歌としての斬新さを窺い知ることができる。すなわち、先にも触れたように、一般に男女間の縁において弱い立場にあるのは女性の方であるとされてはいるが、 この歌では男からの決別を自らの意思で決めて旅立つ、揺れる思い(気持)の迷いを能動的にリセットして行動する男にはない内面の芯の強い女性の姿が浮き彫りにされている。
 『あずさ2号』が大ヒットし、今もなお変わらぬ抒情を醸し出して歌い継がれている背景には、“…私はあなたから旅立ちます…”というフレーズに行動する強い女性像を重ねた数多の女性の共感があったからこそに他ならないと言えよう。
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                             〈 … 兄弟デュオ 狩人 …〉
画像 字句 (汽車)に寄せる想いもさることながら、“汽車”(列車)という言語には女の感傷に通じるノスタルジーに近い表現がある。その汽車は、古くから“別れ”の象徴として歌の中に定着してきたが、男の袂から自立しようとする女性は、信濃路へ旅立つ『あずさ2号』の主人公の女性ではないが、思い出や過去をさっさと旅に置き忘れるために汽車に乗るのである。
  行くなと止める男を駅に残し動き始めた汽車に一人飛び乗ったのも都会で喝采を浴びたい女性であり、上野発の夜行列車を降りて一人連絡船に乗って待つ人もいない北へ帰るのも、スーツケースを一つ下げて次の北国行きが来たら乗るのと一人夜のプラットフォームにもの悲しく佇むのも  ことごとく心の内面に芯の強さを秘めた女たちである。“別れ”こそ、抒情歌を生み出す本質的要素の一つなのである。

画像 歌い継がれて 幾星霜の、抒情歌『あずさ2号』。その“2”の数字に因み、2002(平14)年2月2 日に特急〈あずさ〉として長年使用されてきた183・189系特急車両の終焉が迫ったことを記念して、縁の新宿駅で「懐かしの特急あずさ2号」のリバイバル記念列車運転の催しが歌手の狩人も招かれて行われた。あの時の特急〈あずさ〉は現在も、松本から先のJR大糸線の白馬と南小谷まで足を延ばして運行されており、信濃路を走る鉄路の背後に聳え連なる北アルプスの雄大な峰々が四季折々に見せる車窓からの眺めは、見る人の心の中に空洞を穿つかのように青春の苦い想い出を埋没させてしまう。その車窓に映える情景は、『あずさ2号』の抒情とともに現在に至るも変わってはいない。
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                       信濃路のニューフェイス特急スーパーあずさ」 〉
 今も終日、東京と信州を結んでいる特急〈あずさ〉は、〈スーパーあずさ5号〉としてあの時と同じ朝8時ちょうどに新宿駅を発ち、信州松本に向け人々の毎日の旅立ちに雄姿を見せる。そして、遠くあの日、都市の裏側で育んだ恋を自らの意思で断ち切り、切ない思いを抱いて新しい恋人と特急〈あずさ2号〉で新宿駅を発った傷心の女性…。あれから40年余り、今、特急〈あずさ〉は四半世紀ぶりに新型車両(E353系) に衣替えして2017年12月23日から新たに信濃路への旅を始めている。
 愛からの逃避行を列車に託して乗る旅立ちへのプロセスは、男と女の狭間でこれからも変わることなく鉄路とともに創られて行くことであろう。 (終)

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