見えてきた被災線区全線復旧へのあした ・ 東日本大震災

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の発生から今年(2016)で5年の節目を迎え、大震災の津波(東北の太平洋沿岸)と原発事故(東京電力福島第一原発)で寸断されてしまった福島~宮城~岩手を結ぶ太平洋沿岸部を走る被災鉄路に対し、ようやく全路線復旧への終局面が間近に見えてきた。そうした状況の中で、現在も鉄路が不通(運転見合わせ)となっている線区は津波被害を受けたJR常磐線の相馬駅(福島県相馬市)~浜吉田駅(宮城県亘理町)間(22.6km)と福島第一原発事故の影響による同竜田駅(福島県楢葉町)~原ノ町駅(福島県南相馬市)間(46.0km)およびJR山田線のうち三陸沿岸部の宮古駅(岩手県宮古市)~釜石駅(同釜石市)間(55.4km)の3線区・計124.0km(代行バス運行中)である。
画像 大震災から5年が経った時点(2016.3.11)においては、被災当初の不通区間であった約400kmの路線のうち177.0km(44.0%)が鉄路で復旧を果たしており、他に鉄路での復旧を断念して仮復旧ながらバス輸送(BRT・バス高速輸送システム)による運行を行っているJR気仙沼線気仙沼~柳津間(55.3km)とJR大船渡線気仙沼~盛間(43.7km)計99.0km(24.7%)の線区があるが、3割余りが未だにレールが繋がらないままとなっている。とはいえ、被災鉄路の全線完全復旧への全体像も、そう遠くない2020年の春頃までにはその姿を見せてくれる予測が立てられている。
 なお、大震災の地震の被害を受けた東北新幹線は、大宮~いわて沼宮内間の約500kmにわたり約1200箇所で架線柱、架線、駅施設、高架部分などが被害を受け不通となったが、早期の集中復旧工事により2011年4月29日に震災発生から49日後という短い期間での全線運転再開にこぎ着けている。また、JR大船渡線とともにBRTで仮復旧運行中のJR気仙沼線(気仙沼~柳津間55.3km)については、両路線ともに鉄道に替わってBRTによる本格的復旧を目指すとしたJR東日本の提案(2015.12)受け入れに沿線3市町(気仙沼市、登米市、南三陸町)のうち気仙沼市だけが回答を保留してきたが、2016年3月18日に気仙沼市は鉄道での復旧を断念するとともに、JR東日本の提案受け入れを正式に発表した。これにより、JR気仙沼・大船渡両路線のBRT化による本格復旧が加速されることとなった。(公開ブログ参照…「BRTで本格復旧へ・東日本大震災から5年」2016.3.12)
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      東日本大震災で5年も止まったままの上野行き特急スーパーひたち50号」 ・ JR常磐線原ノ町駅(2016.3.17から撤去始まる) 〉
2011年3月11日(14時46分頃)に発生した東日本大震災の津波で、JR東日本の太平洋沿岸を走る大部分の鉄路(常磐線いわき~亘理間、仙石線東塩釜~石巻間、石巻線前谷地~女川間、気仙沼線前谷地~気仙沼間の全線、大船渡線気仙沼~盛間、山田線宮古~釜石間、八戸線階上~久慈間の7路線・約400km)が甚大な被害を被り不通(運転見合わせ)となった。大震災から5年を経た現在も、不通のままとなっている鉄路は前述のように2路線3線区(BRTによる仮復旧運行中の前記2路線を除く)となっているが、茨城・福島・宮城3県の海沿いを走る首都圏と東北地方を結ぶ大動脈のJR常磐線は大震災による津波と原発事故の両パンチを受けて今も2箇所で不通区間(計68.6km)が残る。被災当初は、いわき~亘理間の125.2kmにわたって不通(運転見合わせ)となったが、利用者の安全性や被災沿線のまちづくり(復興)に合わせた交通手段の早期復旧・確保を目指し、国や県および沿線自治体などによる協議を通じ復旧・復興へ向けたプロジェクトが推進された結果、震災から5年を経た現在におけるJR常磐線の不通区間は半分近い68.6kmにまで短縮された。

画像 そのJR常磐線において、津波被害で不通となっていた相馬~亘理間(27.6km)のうち浜吉田~亘理間(5.0km)の復旧については、沿線の復興計画などの関連から元の位置(被災原位置)での復旧を行うこととして、他の不通区間に先行した復旧工事の着手により2013年3月16日に運転再開に至っている。残る相馬~浜吉田間(22.6km)のうち駒ヶ根(福島県新地町)~浜吉田間(18.2km)の復旧については、将来的に招来しかねない津波被災から列車の安全運行が確保されることと被災地域全体のまちづくりや復興とを一元化した計画策定を前提として国をはじめ県や関係自治体およびJR東日本などの関係機関が一体となり、国土交通省東北運輸局による復興調整会議において復旧への検討が鋭意進められてきた。
 その結果、新地駅~坂元駅~山下駅の3駅を含む全長約14.1kmの津波被災区間については、新地町(福島県)および山元町(宮城県)の新しいまちづくりを行う計画の下で被災ルート(線路)を内陸側へ移設して復旧することとし、2013年から進められた用地買収の完了に伴い2014年5月から移設工事(高架橋、橋梁、トンネル、軌道)に着手し、約1年8カ月をかけた新ルート建設工事は概ね完了し、現在は建築、機械、電気の関連工事が2016年12月末までの復旧・運転再開を目指し進捗中である。また同時に、相馬駅からルート移設の工事起点(浜吉田方)までの間においても、2016年12月末の運転再開を目指して被災した線路跡位置において復旧工事が進められている。この内陸側へのルート(線路)移設によりJR常磐線は、駒ヶ嶺~浜吉田間の営業キロ程が約14.6km(福島県内約2.5km、宮城県内約12.1km)となって0.5kmほど従来ルートより延長されることになる。
画像                福島第一原子力発電所事故福島県双葉郡大熊町
JR常磐線において、福島第一原発事故の影響で不通となっているもう一方の竜田~原ノ町間(46.0km)は、中間の大野駅(福島県双葉郡大熊町)が所在する大熊町にある福島第一原子力発電所の周囲20km圏内が高い放射線量で立ち入り禁止区域(警戒区域)に当たっていたことから、今も8駅を挟んで鉄路の不通が続いている。その不通区間内には、原発事故による帰還困難区域(年間放射線量が非常に高い50シーベルトを超える立ち入り禁止区域)と居住制限区域(同20~50シーベルト以下で、早期の住民帰還を図るため生活に不可欠な基盤施設の復旧を目指す区域)および避難指示解除準備区域(同20シーベルト以下で、復興への支援策を迅速に実施して住民帰還へ向け環境整備を目指す区域)が点在(2012.4設定区域見直し)しているが、その不通区間内には富岡駅(福島県双葉郡富岡町)・浪江駅(同浪江町)・桃内駅(同南相馬市小高区)・小高駅(同)・磐城太田駅(同南相馬市市原区)の5駅が居住制限区域および避難指示解除準備区域に所在し、帰還困難区域内には夜ノ森駅(福島県双葉郡富岡町)・大野駅(同双葉郡大熊町)・双葉駅(同双葉町)の3駅が所在(計8駅)している。この不通区間(竜田~原ノ町間)においては、ようやくにして2015年1月31日から代行バス(浜通り交通)による1日2往復の運行が開始された。ただ、帰還困難区域を通るために安全上から途中駅(前8駅)で降りることはできず、竜田~原ノ町間を直行する便となっている。
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この原発事故の影響によるJR常磐線の不通区間に関し、これまで運転再開について具体的に目途を示すことを行ってこなかった国土交通省とJR東日本は2016年3月10日に、JR常磐線全線の復旧・運転再開について2019年度末(2020年春)までを目指すと発表した。それによると、小高駅~原ノ町駅間(9.4km)は2016年内、浪江駅~小高駅間(8.9km)は2017年内、竜田駅~富岡駅間(6.9km)は2018年内の復旧を目指すとしている。また、原発事故による帰還困難区域を含む空間線量率の高い富岡駅~浪江駅間(20.8km)の区間については、除染等に関する課題解決に見通しが立ったことから国とJR東日本は4年後の2019年度までの復旧・運転再開を目指すとし、JR常磐線全線運転再開に向け道が開けたとしている。これに先立つ昨年(2015)3月10日の記者会見で安倍首相は、今後順次不通区間の開通を目指して全線で運行を再開させる方針を決定した、と近いうちの全線復旧への途を明らかにしていた。東日本大震災から5年を経てようやくに、大震災と原発事故で不便を囲ってきた福島から岩手に至る太平洋沿岸の被災地域に待ち望んだ鉄路復旧への明日がまもなくやって来る。
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                      帰還困難区域内のJR常磐線不通区間 浪江町 2014.7
JR常磐線の2区間(相馬~浜吉田間と竜田~原ノ町間)とともに今も不通が続くJR山田線(地方交通線の宮古~釜石間の三陸沿岸部区間55.4km)は、このほど第三セクター鉄道の三陸鉄道(2014.4全線復旧運転再開)に運営移管されて2018年度内までに運転が再開される見通しとなった。
画像 それまでのJR山田線の復旧についてJR東日本は、同社が抱える在来線の中でもワースト3といわれて沿線の過疎化とともに輸送密度(2011年度217人)の低い不採算路線であるJR山田線を鉄路で復旧させるには膨大な費用を必要とすることから、JR気仙沼・大船渡両路線と同様にBRTによる仮復旧案を再度(山田線復興調整会議において2012.6と2013.9)にわたって沿線自治体に対し提案を行ってきた。しかしながら、戦前から鉄道の過疎地帯といわれてきた三陸地方(宮城・岩手・青森)において戦後の「三陸縦貫鉄道構想」の下で盛線・宮古線・久慈線(旧国鉄線)によって悲願の三陸縦貫鉄道が建設・構成されてきた歴史的背景や日頃の沿線住民の鉄道への強い思い入れもあって、沿線では公共交通としての一貫性(大震災前には南北三陸鉄道との相互直通運転も実施されていた)を失いたくないとして鉄道での復旧に対する沿線自治体や住民の強い意向が堅持されてきたことからJR東日本は、JR山田線が三陸鉄道の南北の両路線(北端の宮古駅が三陸鉄道北リアス線(宮古~久慈間71.0km)と南端の釜石駅が同南リアス線(釜石~盛間36.6km))に挟まれているという地理的ロケーションにある中で鉄道での復旧に強い意向を示している沿線の姿勢を踏まえ、南北で分断の形となっている今の三陸鉄道とJR山田線との一体運営化を図ることにより地域密着のコンパクトで持続可能性の高い地域公共交通の提供という観点から、2014年1月に一体運営化を沿線の関係自治体に提案した。
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                         始まったJR山田線の復旧工事 2015.3.7  
 その後、関係者間との協議・調整を経てJR東日本の提案は受け入れられ、2015年2月に相互間において合意書・覚書…(三陸鉄道による一体運営・JR東日本が復旧及び設備の一部強化(高規格レールへの交換やPCマクラギ化等による地上設備強化)を実施し、車両を含めた資産を関係自治体へ無償譲渡・運営移管協力金の提供・観光客誘致に向けた観光キャンペーン、地域活性化、利用促進に協力)…が締結されている。これに従い、2015年3月7日から復旧工事が着手され、工事に当たっては原位置での復旧を基本としながらも沿線自治体等の復興やまちづくり計画との調整・整合(市街地嵩上げに合わせた線路敷設、踏切の移設・拡幅等)を図りながら進められ、2018年度内の復旧・開業を目指し工事が鋭意進捗中にある。(公開ブログ参照…「繋がってこそ“三陸鉄道”」2014.6.14)

2011年3月11日に発生した東日本大震災による津波被災と津波被害を受けて発生した原発事故で、震災直後には約400kmに及ぶ太平洋沿岸の鉄路(7路線)が運転見合せ(不通)に追い込まれたのは衆知の如くだ。その大震災から5年を経て、利用者の多い路線は鉄路で、赤字路線はBRTの導入で順次復旧・運転再開に至り、今も不通なのはJR常磐線とJR山田線の一部(計124.0km)となっている。震災から5年の間に、鉄路とBRT(仮復旧中だが本格的な導入復旧も間近)により7割近い276.0kmの線区が復旧・運転再開を果たしていることになる。
 東日本大震災から5年、国やJR東日本による2019年度内の被災路線全面復旧・運転再開に向けた方針の決定を受けてようやく日本の社会に今、日常生活に安堵感をもたらしてくれるであろう被災地域復興への明日(未来像)が見えてきた。 (終)

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