574.8km/h

574.8km/h ・ ・ ・
 フランス東部のドイツとの国境に近いストラスブール近郊で2015年11月14日15時頃、フランス国鉄のLGV東ヨーロッパ線未開業区間(ボードルクール~フェンデンハイム間160km)のフェンデンハイムから直線距離にして約3kmほど離れたストラスブール近郊のエックヴェルスハイムで試験運転走行中のTGV列車(TGV‐POS・10両編成)が曲線箇所で脱線転覆し、53人が死傷(11人死亡・42人重軽傷)するという事故(エックヴェルスハイム脱線事故)が起きた。フランス国鉄(SNCF)の内部調査によれば、試験運転では176km/h(通常は最高160km/hの区間だが、走行に余裕を期すため試験では+10%上積みされている)で走らなければならない箇所を243km/hで走行していたことが明かになり、ブレーキ操作遅れによる速度超過が原因とされている。当該脱線事故に関し現地では、1981年にTGVによる高速鉄道が導入されて以来、フランスにおける“過去最悪の高速鉄道事故”であると報じられている。
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          試験運転中に脱線して運河に転落したTGV-POS列車 LGV東ヨーロッパ線未開業第二期区間 2015.11.14
 試運転走行ながら今回、痛ましい脱線事故が起きてしまった未開業のLGV東ヨーロッパ線第2期区間(2009年着工・2016年営業開始予定)ではあったが、今から8年前の2007年6月10日にフランス国鉄の7番目のLGV(高速鉄道路線)として開業した東ヨーロッパ線(ヴェール・シュル・マルヌ~ボードルクール間約300km・従来のLGVより高規格化された最高速度320km/hの路線)といえば、高速走行試験で鉄軌道を走る列車としては未だに破られてはいない“574.8km/h”という驚異的なスピードの世界最高記録が樹立された路線である。この世界記録は、フランス国鉄自身が1990年に記録した鉄軌道による515.3km/hの世界高速度記録を17年ぶりに更新する快挙であった。
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                       LGV東ヨーロッパ線を行くTGV-POS フランス国鉄
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 モータリゼーションが世界的に伸展を示している中で、斜陽化を囲っていた世界の鉄道を復権させる端緒となった日本の高速鉄道・東海道新幹線がまだ開発途上にあった1950年代当時、鉄軌道・鉄車輪による高速化は粘着に係わる性能上(粘着力)から時速300㌔を超える辺りが速度向上の限界域であろうというのが世界的な共通認識ではあった。そのような背景の中にあって当時は、粘着方式に拠らない磁気浮上式走行の研究・開発が世界のあちこちで始まり、日本でも東海道新幹線の後継として早くも将来を見据えた“次世代高速鉄道”(超電導リニアによる浮上式鉄道)に対する研究が、同新幹線の開業を2年後に控えた1962年に鉄道技術研究所(現・鉄道総合技術研究所)で始められている。
 そうした粘着に係わる思惑の下で、フランス国鉄が実施してきた速度向上への挑戦は従来から変わらない鉄軌道と鉄車輪によるオーソドックスな方式で行われ、鉄軌道における速度の世界記録を時速330.9㌔(1955.3)~同380㌔(1981.2)~同482.4㌔(1989.12)~同515.3㌔(1990.5)へと塗り替えを続け、高速化への壁とされてきた粘着に係わる常識(高速度化への限界)を常に打ち破ってきた。フランスのこうした鉄軌道におけるスピード記録への挑戦の一つには、世界市場へのフランス産業の進出に寄与しようという狙いなども働いており、いわばフランスの国策としての取り組みにもなっていたようだ。すなわち、鉄軌道による574.8km/hスピード世界記録の達成は、当時のフランス大統領(シラク氏)がフランス鉄道産業の優秀さを証明する新しい証拠であるとの談話を発表するなど、単にフランス国鉄という一組織が成し遂げた壮挙というよりはむしろフランス産業界の秀逸さを顕示する一端として扱われた。
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            鉄軌道世界最高速度574.8km/hを記録2007.4.3したフランス国鉄TGV-POS特別仕様のV150形
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 日本の新幹線に次ぐ世界で2番目の高速鉄道を開業(1981.9)させたフランス、その後も高速路線(LGV)網の伸展を図ってきたフランス国鉄では、2007年6月10日に7番目のLGVとして東ヨーロッパ線を開業させた。そのLGV東ヨーロッパ線においては、計画路線としての段階からフランス・ドイツ両国間の双方の列車(TGV(仏)・ICE(独))による相互直通運転が計画されていた。その相互乗り入れにおいて、フランス国鉄はドイツ国鉄(ICE)に対して東ヨーロッパ線高速走行時の安全・安定性を求める一方で、ドイツ国鉄はフランス国鉄(TGV)に対しドイツ路線内の40‰勾配区間における高速走行性能を要求していた。その要求に対しフランス国鉄は、出力性能と最高速度をアップ(営業運転最高速度320km/h)させた東ヨーロッパ線用として導入するTGV‐POS車両を充て、その性能(急勾配に対する高速性能)をドイツ国鉄に対しデモンストレーションする目的で実施されたのがTGV‐POSによる高速度試験であった。
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             高速度試験に挑むフランス国鉄TGV-POS特別仕様編成 LGV東ヨーロッパ線 2007.4.3
 コードネーム「V150プロジェクト」(秒速150㍍の意:540km/h)と称して実施に移された高速走行試験に向けては、東ヨーロッパ線の営業運転に導入されるTGV‐POS車両(両端に動力車(電気機関車)2両と中間に2階建客車8両(連節台車)を挟む10両編成)をベースに特別仕様が施された“TGV‐V150形”車両が用意されるなど、入念な準備が14カ月にわたって進められた。V150形車両は、前後の動力車2両と中間に2階建客車3両を組み込んだ5両(全長106㍍・重量268㌧・車両間連結面全周を幌で覆う(走行抵抗削減))の特別編成で、記録達成(目標速度540km/h)に向け中間客車4台車のうち2台車を動力付として編成出力を19600kWに増強(TGV‐POS営業車9300kW)するとともに、車輪径も通常の920㎜から1080㎜へ拡大するなど特別に仕様された高速対応車両であった。同時に、高速走行試験に向け地上施設も特別に強化(架線電圧を通常の25kVから31kVへ引き上げ、架線(電車線)張力を20kNから40kNへ強化、道床バラストの飛散防止と走行安定性向上へ軌道強化など)された。ちなみに「V150プロジェクト」において架線張力が2倍に引き上げ強化されたのは、前回(1990・5)の高速走行試験で515.3km/h達成の際に発生した架線の波打ち現象(上下波動)の伝播速度(パンタグラフの押し上げ力で発生する架線の上下方向波動現象が列車の進行方向前方へ伝わる速さで、波動はやがて列車の速度を超えて進行方向前方へ増幅・伝播して集電(必要受給電力)の妨げとなり、バンタグラフの損傷や架線の断線にもつながる)が異常に高進したことからさらなる高速化を阻む要因になるとされたため、同プロジェクトに当たっては波動伝播速度を抑えるために架線を張っている強さ(張力)が特別に強化されたのであった。このようにして、およそ3000万ユーロ(約49億円)が注ぎ込まれた「V150プロジェクト」は、鉄道の鉄軌道におけるスピード世界記録更新に特化してあらゆる措置が講じられた国家的試みであった。
画像 「V150プロジェクト」による高速度試験は、2007年1月15日から関係者らスタッフ300人以上の構成の下で開始され、延べ200時間と40回に及ぶ450km/h以上の高速走行および3200kmを超える走行試験を経て同年3月下旬に当初目標速度(540km/h)を超え、同年3月29日に568.4km/hに到達した。そして、同年4月3日13時16分にLGV東ヨーロッパ線のパリ起点191km地点のメッス付近で、574.8km/h(秒速約160㍍)という鉄軌道における驚異的なスピードの世界記録が樹立されたのであった。勿論、この記録は今以て破られてはおらず、鉄軌道を走る列車としては世界最高速という世界に誇れる偉業であった。ちなみに速度記録(ギネス認定)としては、2015年4月21日に日本の超電導リニア式(磁気浮上式)L0系営業線仕様車両が実験線で記録した603.0km/hが、世界最高速度記録としてギネス認定されている。
画像                    世界最高速度603.0km/hリニア中央新幹線 2015.4.21
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 フランス国鉄の鉄軌道において達成された、TGV車両による世界最高速度の574.8km/hに関わる試験走行はフランス国鉄(SNCF)・フランス鉄道線路事業公社(RFF)・アルストム社(フランス重工業メーカー)3者の共同で実施され、その574.8km/hの快挙はフランス国内をはじめ海外にも広く喧伝された。ちなみにフランスの鉄道は上下分離方式が採られており、フランス国鉄が列車運行を、フランス鉄道線路事業公社が線路施設の保有・整備をそれぞれに担っている。また、その喧伝の先には、世界の高速鉄道伸展の今後を見据えたフランス国鉄のTGV技術の海外進出を目論む姿勢も見えていた。同時にまた、そこにはTGV技術の世界展開を図りたいフランス国鉄、超高速列車の安全・安定運行を支える地上施設・設備の高度技術をアピールしたいフランス鉄道線路事業公社およびTGV車両の製作者としての高技術・高信頼性を世界へアピールしたいアルストム社3者のそれぞれの思惑も働いていたに違いないであろう。
画像 試運転でパリ東駅に到着したドイツ国鉄ICE3 
 そもそもこの鉄軌道によるスピード記録達成に向けた試み(「V150プロジェクト」)は、フランス国鉄(SNCF)とドイツ国鉄(DB)のスピードに係わる覇権競争が関連していた。勿論、その覇権競争は鉄道の場に止まらず、両国産業界の威信にもつながる成果への期待と欧州圏をはじめとする海外市場進出促進へのチャンスになるとの捉え方もあったに違いない。ともあれ、従来からフランス・ドイツ両国をそれぞれに代表する大手メーカーのアルストム社(仏:エネルギーインフラおよび鉄道システム・車両製造の重工業)とシーメンス(独:総合鉄道関連や情報通信機器メーカー)は常に市場開拓を巡って競争関係にあり、鉄道関連においてもライバル同士であった。そうした中で、鉄道王国のドイツとして鉄道のスピード記録に挑んできたドイツ国鉄が世界初の400km/hの壁を超えて1988年5月に記録したICEによる406.9km/hの世界記録が、それほどの時間を置かずにフランス国鉄のTGVが1989年12月に達成した482.4km/hの前に色褪せてしまうなど、その後の速度記録の競争においてドイツ国鉄はその度にフランス国鉄に先んじられてきた。そうした状況に置かれていたドイツ国鉄は、国内での速度記録への挑戦を避けてきたことからベルギー国鉄の高速新線開業に際してはICEの300km/h運転が拒否されたり、フランス国内への乗り入れも叶わずに疎んじられてきた。一方でドイツ国鉄も、40‰の勾配区間を有するケルン・フランクフルト線へのTGVの乗り入れを拒んできた。その後、世情の経緯(欧州統合、地球温暖化、環境問題、高速鉄道の世界進出等々)もあった中で、2007年6月にフランス国鉄LGV東ヨーロッパ線においてTGVとともに初のドイツ国鉄ICEによる相互乗り入れ(パリ東駅~シュトゥットガルト~ミュンヘン~フランクフルト間)が開始された。2015年9月現在、パリ~フランクフルト間には1日3往復のICEが、同2往復のTGVが設定・運行されている。
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                       ドイツ国内で試運転中のフランス国鉄TGV-POS
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 フランス初の高速鉄道として1981年9月22日に営業運転を開始した南東線(パリ~リヨン間389.3km)における最高速度は260km/h(しばらくして270km/hへ向上)であったが、「V150プロジェクト」で樹立された鉄軌道世界最高スピードの“574.8km/h”の記録は、2007年6月に営業運転を開始したLGV東ヨーロッパ線において世界初となった最高速度320km/hの営業運転開始に当たり、その準備を整える上で貴重な試金石となった。
 この営業運転最高速度320km/hの基盤の下で、フランス国鉄のTGVとドイツ国鉄のICEが同一高速路線上を相互に走行することに至ったことは、欧州の鉄道史上において画期的な出来事であったとともに、当時の海外における高速鉄道の成り行きにも大きな示唆を与えることになったのではないだろうか。  (終)

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