高速シンプル架線 ~新幹線の安全・安定輸送を支える

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 輸送の大動脈として半世紀を超えて日本経済の根幹を支え続けている東海道新幹線は、開業(1964(昭和39).10開業)以来さまざまな技術開発や設備の改良・更新を行い、高速で高密度な安全・安定輸送の構築に向け環境の整備が追求されてきた。勿論、もとより“安全・安定輸送の確保”は鉄道事業者にとって最優先・最大の使命であることは論を待たない。
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                               東海道新幹線
 その安全・安定輸送の確保にとっては、線路や電気、信号、通信などの地上設備に対する不断のメンテナンスの実施は不可欠な要件の一つでもある。昨今では、多方面での技術開発の積み重ねを通してメンテナンスにおける作業の省力化や機能向上 、安定化が図られるようになり、安全・安定輸送の確保に向けた諸設備の保守に確実性と安定性がもたらされている。

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 現在、東海道新幹線や山陽新幹線のように高密度運転を行っている日本の高速鉄道の電車線設備(列車に電気エネルギーを供給する設備)には“ヘビーコンパウンド方式”(吊架線・補助吊架線・トロリ線の3本構成)による電車線(架線)が採用されており、安全・安定輸送に寄与している。しかし、ヘビーコンパウンド架線を用いている東海道新幹線においては現在、開業当初から使用していた合成コンパウンド架線からヘビーコンパウンド架線(1972(昭和47).3開業の山陽新幹線に導入された)へ1974(昭和49)年に切り替え(全線導入は1990(平成2)年)を行って以来、同電車線設備は経年による更新の時期を迎えている。この電車線設備(ヘビーコンパウンド架線使用)の更新時期を機にJR東海では、新設や維持・管理に対し低コスト化を可能とした構造の次世代架線として、在来線でも馴染みの形態であるハンガーを介して吊架線から直接トロリ線を吊る方式の「大電流容量高速シンプル架線」(吊架線とトロリ線の2本構成)の開発を行った。
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                             大電流容量高速シンプル架線
 東海道新幹線では当初、日本の鉄道ではこれまで経験したことのない200km/hを超える高速域における営業運転実現に向けた電車線設備として、東京~新大阪間515.0kmの全線にわたって「合成コンパウンド架線」(吊架線・補助吊架線・トロリ線の3本構成で、吊架線と補助吊架線とを結ぶドロッパに合成素子を挿入した構造)を考案・導入して高速走行運転における安定的な集電(電気エネルギーの取り入れ)を目指した。
画像 合成コンパウンド架線 
 ところが、架線自体の押し上げの度合いが比較的大きかったことに加え、開業当初に投入された0系新幹線車両は編成(16両)当たり8基(2両に1基)のパンタグラフを搭載していたことからその押し上げ力で架線の上下動が大きくなり、しかも吊架線と補助吊架線を結ぶトロッパに挿入されていた合成素子(バネとダンパの機能を持つ素子)の重量が禍してか強風の際などに架線全体の揺れを大きくし、電車線設備に係わる故障(架線断線など)が多発傾向にあった。こうした状況に鑑み、合成コンパウンド架線に替えて東海道新幹線に導入されたのが、1972(昭和47)年3月に開業した山陽新幹線に導入されていたヘビーコンパウンド架線であった。このヘビーコンパウンド架線は、3本の太い電線構成の架線を強い張力によって架設(高張力化)することで架線の上下動を抑制する構造としたのが特徴で、高速走行時や自然現象の影響下にあっても集電性能が良好であったことから、その後の東海道・山陽新幹線における標準の架線方式としての電車線設備となったものである。
画像                          ヘビーコンパウンド架線
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 東海道新幹線では、すでに大電流容量高速シンプル架線への更新が図られつつあり、その導入・切り替え使用は2014(平成26)年11月から開始され、ヘビーコンパウンド架線からの更新に向け次世代架線への導入が進む。その大電流容量高速シンプル架線の構造概要は、ヘビーコンパウンド架線構成部品の一つである補助吊架線を省略した吊架線とトロリ線の2本の電線で構成された架線で、構成部品の軽減から架設工事費やメンテナンスコストの抑制・削減にも繋がる構造となっている。
 ただ、東海道新幹線の開業に際して、本来は架設コストやメンテナンスコストが軽微で済む構造であるシンプル方式の架線が用いられなかったのは、8基のパンタグラフを搭載(使用)する0系新幹線車両の条件では複数のパンタグラフが通過する際にパンタグラフの押し上げにより架線の上下動が拡大し易くなる構造であったために、安定的な集電が困難になるのではとの観点から導入には至らなかったのである。
 こうした経緯の下で、JR東海が敢えて前述したよようなシンプル方式の架線を次世代架線方式と位置付けてその開発・導入に踏み切った背景には、饋電方式(変電所から架線へ電力を供給する方式)の変更(BT(デッドセクション式)方式からAT(エアセクション式)方式へ統一)と相俟って、100系新幹線車両登場(1985(昭和60))後の新幹線車両で行われた搭載(使用)パンタグラフ数の削減化があった。すなわち、300系(1992(平成4)年登場)以降の東海道新幹線車両では編成当たり使用搭載パンタグラフの2基化が行われ、集電に関する条件(パンタグラフの押し上げによる動揺など)が緩和されるに至ってシンプル形構造架線導入への課題(条件)の一つがすでにクリアされていたのである。
 そして、シンプル形構造架線導入へのもう一つの課題が、使用エネルギーが大きく高速かつ高密度で走行する東海道新幹線の列車に電気エネルギーを継続して安定的に供給を可能とするための高速用のシンプル架線の開発であった。
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 大電流容量高速シンプル架線の開発経緯を概略すると、実際に東海道新幹線の営業線を使っての試験を実施する必要から、三つの段階を踏んで開発が進められた。第一段階では、新幹線の速度が比較的低い品川~新横浜間に架設されているシンプル架線による架線特性の測定を実施し、その実測値と200km/h以上の高速度域のシミュレーションによる事前評価が行われ、架線性能に問題のないことが確認された。第二段階では、東海道新幹線においてシンプル架線の高速使用に問題のないことを確認するため、変電所からの給電区間に1列車しか入らない架線電流容量が少なくて済む区間に小電流容量の高速シンプル架線を架設し、230km/h~270km/hの高速走行時におけるシンプル架線の性能を調べた。その結果、高速化使用に問題のないことが判明している。なお、これら現地試験に並行して第三段階で実施する大電流容量高速シンプル架線の架設および試験を前に、架線切り替え工事施行性の確認が行われた。すなわち、営業線上での施行となるヘビーコンパウンド架線からの切り替え工事に際し、現行の東海道新幹線の列車運行においては工事施行可能な時間帯(作業時間の間合)が短く作業に余裕がない状況にあることから架線の切り替え施行あたっては作業時間の短縮が必要となり、電車線試験装置による架線切り替え工事の施行性の確認が行われた。
 そして、最終の第三段階では、東海道新幹線の高密度・高速走行に適用した大電流容量高速シンプル架線を米原~京都間の270km/h区間に架設し、走行試験が実施された。その結果、トロリ線の上下動は小さくその幅には余裕があり、保全上においても高密度・高速対応の架線として大電流容量高速シンプル架線は十分な性能を有していることが判明し、さらには現在の東海道新幹線における最高速度285km/hの速度域に対しても問題のないことが確認された。また、大電流容量高速シンプル架線は集電性能に関しても現行のヘビーコンパウンド架線と大差はなく、東海道新幹線の次世代架線としての目途がついたとして今、導入(2014(平成26)年度下期~)が進められつつある。

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 今回の東海道新幹線への大電流容量高速シンプル架線の導入によりJR東海では、今後の老朽化等での架線の取り替えや電車線設備のメンテナンスにおいてコスト面で約2割程度の削減化が可能であるとしており、今後もさらなる低コスト化やメンテナンスの省力化に向け鋭意研究を重ねていくとしている。ただ、当然ながら、輸送の安全確保をはじめ低コスト化の確保には日々のメンテナンスによる維持・管理が欠かせない。
 2015(平成27)年8月4日夜にJR京浜東北線・根岸線(JR東日本)の横浜~桜木町間で起きた架線の断線事故で150本以上の列車が運休し、およそ35万人に影響を及ぼした事象はまだ記憶に新しいところだ。とかく、架線断線に起因する事故として従来からよく引き合いに出されるのが、時代は旧いが1951(昭和26)年4月24日に国鉄桜木町駅構内で起きた“桜木町事故”と呼ばれている電車火災事故(106人死亡・92人負傷)である。大電流の供給を受けて運転されている新幹線では、架線の断線により引き起こされる事故の様相如何は想像に難くない。
 最近の新幹線の架線事故としては、2015(平成27)年4月29日午前11時半頃に東北新幹線(JR東日本)郡山駅構内で架線の断線事故が発生しており、東北新幹線が全線にわたり運転見合わせにまで至るなど4時間半に及ぶ主要幹線が不通となる事態を招いた。同駅構内の上下本線間をつなぐ渡り線のトロリ線の高さが通常値より1㌢以上も低くなっていたことから、列車が本線を通過するたびにパンタグラフの接触により異常摩耗を招来し、渡り線部分のトロリ線が断線に至ったとされている。まさに、日頃のメンテナンスの重要性を示唆した事故であった。
画像  ドクターイエロー新幹線電気軌道総合試験車
 東海道新幹線(山陽・九州新幹線も含む)において、架線をはじめとする地上の電線路設備(軌道・信号・架線)のメンテナンスにおける大宗(検査・測定)を担うのは、“ドクターイエロー”と愛称されている「新幹線電気軌道総合試験車」(JR東海所有923形T4編成とJR西日本保有923形T5編成、T5編成はJR東海に運用・管理を依託、共に7両編成で検測機能・走行性能は同じ)である。これらの総合試験車は、高速走行している営業列車に対して地上の電線路設備が正常に機能しているかを高速でチェック(確認)する必要があることから、走行性能は営業用新幹線車両(700系)を基本として高速による検測を可能としている。ちなみに東北・上越・北陸などの新幹線における総合試験車としては、愛称“East i”(イースト・アイ)のE926形(JR東日本)が検測に従事している。
 ドクターイエローは、月に2~3回の頻度で運行されて270km/hでの高速検測にあたるが、架線のトロリ線の検測ではレーザー方式により計測回数1秒間1500回・5㍍間隔(270km/h走行時)による測定データが得られる。架線の摩耗状態など得られた検測データの結果は、新幹線情報管理システム(SMIS)などに送られてメンテナンスへのデータとして使用され、安全・安定輸送の確保に活かされる。
画像                  イーストアイEast i) ・ 電気軌道総合試験車
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 高速鉄道におけるシンプル方式の架線は、日本では1997(平成9)に開業した長野新幹線の高崎~長野間(現・北陸新幹線)に登場したのが最初である。輸送需要が格段に大きい東海道新幹線や山陽新幹線に比べ輸送量(列車本数)が比較的少ない整備新幹線については、電車線設備の軽負荷構造化を目指して輸送需要に見合った経済的で高速集電性能に優れた架線として、トロリ線の芯材に鋼(steel)を使用してその周囲を銅(copper)で覆った銅覆鋼トロリ線を使用した“高速シンプル架線”(CSシンプル架線)が開発・導入されている。長野(北陸)新幹線の高崎~長野間をはじめ東北新幹線盛岡~八戸間や九州新幹線新八代~鹿児島中央間で採用されており、さらにはCSシンプル架線より強度、導電性、耐熱性に優れ、しかも高張力化を可能としたPHCシンプル架線(鋼合金トロリ線使用)が東北新幹線の八戸~新青森間以降に開業した整備新幹線に採用されている。
 日本の都市部には“空”が無いとまで囁かれるほどに、上空に交錯する黒い電線群は異様でもある。近年は鉄道でも、都市景観への配慮とともに、コストや保守の軽減化のために都市部や近郊の路線では饋電線を吊架線として共用する“饋電吊架方式”の採用が広まっている。今、大電流容量高速シンプル架線へ更新が進む東海道新幹線、その電車線設備の占める空間もやがては広々と感じられる空間の創出につながることであろう。 (終)

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