また一つ鉄道路線が消える ・ JR北海道

少し前のことになるが、2011(平成23)年5月27日に石勝線で列車脱線火災事故(79人負傷)を起こして安全輸送の確保・向上に取り組んでいたJR北海道は、2013(平成25)年度において出火等による車両トラブルや社員の不祥事、杜撰な線路保守、線路補修に関するデータの改竄などを連続して発生させたことから2014(平成26)年1月24日に国土交通大臣から「輸送の安全に関する事業改善命令及び事業の適切かつ健全な運営に関する監督命令」を受け、現在は安全輸送の確保・向上や安全基盤・安全風土の再構築に向け全社挙げて安全輸送に日々取り組んでいる最中にある。そのような状況下にあるJR北海道だが、道内初の新幹線として北海道新幹線新青森~札幌間360kmのうち、新青森~新函館北斗間約149kmが先行開業区間として2016(平成28)年3月26日の開業に向け最終段階を迎えている。
画像 北海道新幹線は、道内全体の活性化のために一日も早い営業開始が待たれるところだが、一方で新幹線の開業と同時に函館都市圏輸送を担っている並行在来線のJR江差線(五稜郭~木古内間37.8km・通称“津軽海峡線”)は、JR北海道から経営離脱されて新しく設立された第三セクターの「道南いさりび鉄道(株)」に運営移管される。そのJR江差線の、かつての全営業区間の五稜郭~江差間79.9kmの一部だった木古内~江差間(42.1km)が、同区間の輸送密度(1km当たり1日平均利用者数)の低迷(2011年度41人)から2014(平成26)年5月12日に廃止(函館バス江差木古内線によるバス転換)になってしまったことはまだ記憶に新しいところだ。
画像 このJR北海道にとっての路線廃止は、営業係数がワースト10内に止まっていた深名線(深川~名寄間121.8km)が1995(平成7)年9月に廃止されて以来19年ぶりのことだった。また、道自体にとっても、この木古内~江差間の廃止は道内初の第三セクター「ふるさと銀河線」が2006(平成18)年4月に廃止されて以来8年ぶりだった。その木古内~江差間の廃止から2年、また一つJR北海道から一部区間ながら老舗路線が消え去ろうとしている。
画像 JR留萌本線
JR北海道は、留萌本線(地方交通線)の留萌~増毛間(16.7km)における鉄道事業を2016(平成28)年度中に廃止する旨を2015(平成27)年8月10日に表明し、沿線の増毛町と留萌市に伝えている。もともと赤字路線の留萌本線深川~増毛間(66.8km)は、2014(平成26)年度の輸送密度が142人と道内地方交通線全9路線の中で3番目に低い路線である。その内でも留萌~増毛間は、沿線地域の過疎化(2015.1現在の沿線自治体人口趨勢…留萌市2万2957人、増毛町4893人)やモータリゼーションの進展、高校の閉校等によって利用者が激減しており、あまねく地方路線が辿る衰退化の例に漏れず運営の窮地にある。
画像 留萌~増毛間の輸送密度は、JR北海道が国鉄改革で新会社として発足した1987(昭和62)年度には480人を数えていたが、27年経った2014(平成26)年度には39人と9割以上も激減(1列車当たり利用者数3人)し、JR北海道の営業路線の中でも極めて利用者数の少ない区間である。その結果、収支状況の悪化が常態化しており、年間の運輸収入約700万円に対し経費が25倍と営業係数が極度に高く、年間約1億6000万円以上の赤字計上区間となっている。さらには、箸別~増毛間(2.8km)においては、融雪期や大雨による土砂崩れなどの輸送障害が毎年のように多発し、今年(2015)も雪崩発生の危惧から2月下旬から約2カ月間にわたって運転休止になるなど災害多発線区でもあり、JR北海道としても将来にわたり安全確保を図っていくには数十億円規模の防災対策が必要なために路線(鉄道)の維持は困難との判断から、留萌~増毛間廃止の意向が固まったとしている。
 この8月10日には、JR北海道の島田社長らが増毛町と留萌市に赴き、留萌~増毛間の現状と廃止の意向を町長や市長に伝えており、その場で増毛町町長は「非常に残念、ただそれだけ…」と、留萌市市長は「厳しい状況下で、これまで運行を続けてこられたJRには感謝している。廃止はやむを得ない」と、それぞれに胸の内を述べている。また、JR北海道島田社長は「並行してバスが走っており、代替バスは必要ないとの認識だが、地域振興などで出来る限りの協力はしたい」と述べ、留萌線の残りの区間(深川~留萌間50.1km)や不通が続く日高本線(苫小牧~様似間146.5km)の厚賀~大狩部間(5.5km・高波による線路被害)および他の同様な線区については、現時点での具体的な計画等(廃止等)はないと述べた。
画像 ちなみにJR北海道の営業鉄道路線(2014.12現在)は、全14路線・2457.7km(幹線5路線1327.9km・地方交通線9路線1129.8km)である。ただ、先に述べた留萌~増毛間の廃止が成れば地方交通線の営業キロは16.7km減ることになり、JR北海道が新会社発足時(1987.4)に旧国鉄から承継した3176.6km(21路線)の営業キロは約30年を経て735.6km縮小して2441.0kmになる。

まもなく消え行く運命を背負わされたJR留萌本線留萌~増毛間の廃止に因み、参考ながら今から9年前に路線廃止となった道内で唯一だった第三セクター鉄道「北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線」の廃止への経緯についてその概要に少しく触れて見る。
 曲線も勾配も緩く、トンネルもない道東の大地を走り続け、暖かい時節の到来を待たずに冬の装いさえ残る2006(平成18)年4月に17年間という短い足跡を残して姿を消していったのが、第三セクター鉄道「ふるさと銀河線」(池田~北見間141.0km)だった。池田駅(池田町)から北見駅(北見市)を結ぶ「ふるさと銀河線」の路線ルートは、もともとは札幌と網走を直結するかつての国鉄網走本線の幹線ルートの一部であったが、1961(昭和36)年4月に実施された線路名称整理の際に同本線のルートが本線昇格した国鉄石北線(新旭川~網走間234.0㎞)にルート変更され、従来のルートであった池田~北見間が国鉄池北線と改称されたものである。赤字路線だったその国鉄池北線は、1964(昭和39)年に赤字経営に転落した国鉄の再建計画の下で1982(昭和57)年に第二次特定地方交通線(国鉄再建特別措置法に基づく廃止対象路線)として廃止対象線区(33線区・2171km)に選定された一つであった。この廃止対象への選定を受けた池北線沿線の自治体や住民らは、同線の存続へ向けた動きを活発化させ、同線沿線は道を交えて揺れ続けたのである。
画像
                     西富駅付近訓子府町を行くかつてのふるさと銀河線 2006.2
 その後国鉄池北線は、1987(昭和62)年に国鉄の分割・民営化で誕生した新会社のJR北海道へ移行されてJR池北線(地方交通線)となり、紆余曲折の末の1989(平成1)年(元号が1月8日に“昭和”から“平成”へ変わる)に設立された北海道を最大株主とする第三セクター鉄道「北海道ちほく高原鉄道(株)」へ運営転換され、同年6月にJR池北線は第三セクター「ふるさと銀河線」として新規開業したのである。ちなみに「ふるさと銀河線」の他に1989(昭和64)年に第三セクターへ転換されて新規開業したのは、わたらせ渓谷鉄道、秋田内陸縦貫鉄道、高千穂鉄道(2008(平成20)年廃止)、平成筑豊鉄道、くま川鉄道の5路線であった。しかし、新規開業した「ふるさと銀河線」だったが、開業当初から沿線中間部の人口分布が5町で3万8000人に届かぬ希薄さで、その後の人口減少やクルマ保有台数の増加などで2004(平成16)年度末にはそれも約3万人にまで減少していた。また、「ふるさと銀河線」の年間利用者数も開業当初の102万7000人をピークに以後は終始減少を続け、開業15年を経ずして2003(平成15)年度には50万人を大きく割ってしまい、輸送密度も2004(平成16)年度には242人と開業当初の半分以下にまで減少していた。当然に営業収入も落ち込み、さらには第三セクター化に際し赤字補填の頼みの綱だった経営安定基金(約56億5千万円)もバブル崩壊で運用益が望めなくなり、年間5億円前後に達していた赤字は当時(2004)の道内路線の中でワースト1であった。ちなみに、国鉄再建特別措置法に基づく特定地方交通線(廃止対象)に該当する輸送密度の基準が4000人以下であったことからも、「ふるさと銀河線」が開業当初から如何に苦難の道を歩まざるを得なかったかが伺える。
 ただ、こうした経営状況に当然ながら手をこまねいてきたわけではなく、第三セクター化と同時に列車のスピードアップや大幅な増発、帯広方面への乗り入れなど国鉄当時の池北線には見られなかったサービスアップに努める一方で、経営改善に向け可能な限りの施策(全線CTC化、ワンマン運転、イベント列車の運転、駅窓口業務の簡素化・無人化、OB再雇用による人件費削減、一部踏切の廃止、保有車両数の削減等々)が講じられてきた。こうまでして「ふるさと銀河線」は、開業当初から2004(平成16)年にかけさまざまな営業努力を展開してピーク時の5億円を超える赤字を3億3000万円にまで圧縮してきたが、募る沿線人口の希薄化は如何ともし難く、さらには経営安定基金枯渇の見通しにも至り、道(主体株主)への支援要請も財政の低迷に喘ぐ当時の北海道としては無い袖は振れなかったのだ。一方で、経営や鉄道に関する専門のコンサルタントに依頼した将来に向けた「ふるさと銀河線」に関する調査によっても、利用状況が今後改善するという調査結果は全く得られなかったのである。この結果、将来的に沿線自治体の財政負担が高まっていく方向性が確実視されるに至って存続への意義は喪失し、「ふるさと銀河線」は廃止への壁に突き当たってしまった。斯くして、万策尽き果てた末の2005(平成17)年4月21日に国土交通省に対し2006(平成18)年4月21日(予定)の鉄道事業廃止届が北海道ちほく高原鉄道(株)から提出され、開業以来の苦難の経営を運命付けられてきた枠からの脱出に費やされてきた懸命の経営努力の末に、「ふるさと銀河線」の歴史は僅か17年でその幕が閉じられたのである。

あまねく、鉄道事業の動向は主体である輸送業務の成績如何に大きく左右され、その基盤は路線沿線地域における人口趨勢に依存するため、地方・地域の鉄道ほど経営上で受ける影響は大きいといえる。全国の廃止に至った路線の過去のケースを見ても、前述の「ふるさと銀河線」の如くに廃止への過程には利用者減がその主要因として根底にある。すなわち、近年の急激な人口減少や少子高齢化、クルマ社会の中で進む鉄道の利用者減(鉄道離れ)が輸送サービスの低下や路線の衰退につながり、それがさらなる利用者の減少を招来するという負の連鎖がもたらされ、廃止という事象が加速されてしまうことになる。この路線廃止へとつながりかねない負の連鎖を断ち切るには、自治体が中心となった“まちづくり”と一体化した地域公共交通ネットワークの再構築による地域社会の活力の維持・向上が極めて重要な要素となる。
 近年、地方公共団体と鉄道事業者との間で、まちづくりや地域活性化等に関する包括的な協力体制を構築するケースが見られる。こうした地方・地域の活性化への施策は、鉄道事業者にとって利用者の獲得・安定化に向けた沿線価値向上の取り組みには欠かせない目標である。国も、国内の各地方・地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を形づくる“地方創生”の政策を打ち出し、魅力溢れる地方の在り方の構築に取り組んでいる最中だ。交通政策基本計画(国が交通に関する施策を総合的・計画的に定めた計画)においても、コンパクトなまちづくりと地域公共交通ネットワークの構築を連携して進めることとし、これにより自治体を中心としたまちづくりと地域交通ネットワークの再編推進を目標の一つに掲げている。すなわち、地域公共交通ネットワークの整備は、地域の社会生活を支え地域に活性化をもたらす上で重要な手段で、今後の地方創生に向け新たな役割を担うことになる。
画像
                              JR留萌本線増毛駅
 JR北海道では今、道内初の新幹線(新青森~新函館北斗間)開業と同時に並行在来線の江差線が経営移管されるに伴い第三セクター鉄道「道南いさりび鉄道(株)」が新会社として誕生しようとしている一方で、北海道の190万都市・札幌市から遠く離れた過疎の地で、公共交通として地域の活性化に資することが叶わずしてJR留萌本線留萌~稲毛間がまもなく消えて行こうとしている。 (終)

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