郷愁を探る ~音が急かせた旅路

・・・ 鉄道にもさまざまな独特の“音”がある。旅の出発駅、そのプラットホームで現在も主役を務めるのが列車の発車を告げる合図の“音”であるのは、単純な金属音のベルから電子音や優雅に響くメロディの音色に変わっていても、今も昔も変わらない情景ではある。ただ近年は、あまねく地方駅においてさえも、旅の始まりを告げる発車合図の音(音色)は全く様変わってしまい、昔日の風情を味わえた発車ベルを耳にする機会にはとんと巡り会えなくなってしまった。そんな、今となっては稀少な音となってしまった郷愁を誘う発車ベルだが、その一端に少しく触れて見る。
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・・・ 半世紀以上も前の昭和30年代に駅で鳴らされていた列車の発車を告げるあの“ジリジリジリジリ…”と鳴る発車ベルは、どこか自然に人心を掻き立て急かせるがの如くに、追い立てられでもされるように響いていた。国鉄時代の、まだ鉄道路線が海に隔てられて宇高連絡船や青函連絡船を介して結ばれていた頃は、列車から連絡船への乗り換えに長い連絡跨線橋を渡るべく老いも若きも共に一生懸命に走った、そのスタートダッシュを告げていたのも“ジリジリジリジリ…”と急かせるように鳴っていたベルの音であった。まさに金属音を発する発車ベルは、旅客にとっては列車に乗るためのスタートダッシュを告げる合図であったとともに、人の旅心を急かせる如くプラットホームにおいて人々の動静を演出していた。
 昨今では、地方へ行っても全く聞かれなくなった、あの旅立ちの気持ちを急き立てていた“ジリジリジリジリ…”の発車ベル。上り列車だろうが下り列車だろうが、しかも発車番線などに関係なく(無頓着に…)、ただただ“ジリジリジリジリ…”と発車を告げていた。その単調さの“音”に、旅に出る人々の足並みはことごとく導かれ、人々の旅心はあの忙しく響く“金属音”に促されるままに従わされていたといえよう。駅の発車合図が電子音やメロディ全盛の今となっては、頭上で響くあのベルの音はおそらく“うるさい”“騒音”だなどと一蹴されそうで、昔日の発車ベルの情景は取り戻せそうにない。

・・・ 幾久しく出会いと別れの場所と言われてきた駅は今、ただの通過点ではなく鉄道と地域社会を結ぶ結節点として、また人々が集う地域の拠点として、その機能を拡げている。そうした大きく様変わりを見せている近年の駅ではあるが、昔日のプラットホームで響いていた単調な響きではありながら急かせるように人々の旅心に直に染み入っていった発車ベルは、歌謡曲や抒情歌などの哀愁場面の演出には欠かせないアイテムであった。
 三橋美智也が唄う「哀愁列車」の“ 惚れて 惚れて 惚れていながら行く俺に旅をせかせるベルの音 つらいホームに来は来たが未練心につまずいて…”の歌詞や、春日八郎が唄った「赤いランプの終列車」の“ 白い夜霧の灯りに濡れて 別れ切ないプラットホーム ベルが鳴るベルが鳴るさらばと告げて手を振る君は…”などには発車ベルが歌い込まれて感傷を際立たせ、抒情や哀愁を漂わせている。また、華やかな都会で喝采を浴びたいと願う女が逃れるようにして地方の駅から列車に飛び乗った「喝采」(唄・ちあきなおみ)では、“… あれは三年前 止めるアナタ駅に残し 動き始めた汽車にひとり飛び乗った…”と唄われる歌詞の向こうに、地方駅の物憂い気配の中で気持ちを急き立てるがごとくに鳴っていたに違いない発車ベルの音が聞こえてきそうだ。おそらく、この歌を聞く人の脳裏には、旅立ちを促す発車ベルの音がごく自然に擦り込まれてくるのではないだろうか。
 あまねくメロディ音が発車合図の全盛の今ではあるが、“ジリジリジリジリ…”と単調で硬質な音を響かせていたあの頃の発車ベルには、今となって見ればどこかに懐かしさがあって、心のどこかに郷愁を誘うような雰囲気があったようにも思われてくる。
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・・・ 全国どこの駅に行っても、列車の出発に際し発車ベルが響いていた時代、歌謡曲などには“発車ベル”が詩情を醸す情景の演出としてこよなく好まれて使われ、登場していた。しかし、メロディが主体の発車合図の今では、発車ベルのように歌の中で哀愁や詩情を豊かに伝える言葉にしては発車メロディは、イメージ的にそぐわないためか近年の歌で発車合図を織り込んでいるケースを記憶しない。
 現在のプラットホームでは、番線や上下列車ごとにさまざまなメロディが交錯して流れ、実に賑やかで楽しさもあり、和らいだ空間を提供している。一方の発車ベルにあっては当時、喧騒に包まれるプラットホームの空気をつんざくように鳴り響き、一際その存在を際立たせるように鳴っていた。その点、発車メロディは、鳴らすというのではなくむしろ奏でるといった方が相応しいくらいに、列車の発車を知らせるのではなく、旅客の乗車を促すのが目的である…とか聞き及ぶ。
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・・・ 旅立ちを告げるプラットホームの発車合図の“音”も、今ではメロディへと世代交代を遂げてはいるが、年配の人たちの心の奥底では未だあの“ジリジリジリジリ…”と鋭く響く音色が未練がましくプラットホームの“主役”であり続けているのではないだろうか。
 今年は、全国的に真夏日や猛暑日が続く盛夏を迎えているが、60年ほど前の昭和30年代の夏も厳しい酷暑だった。
 当時、鉄道の職に就いたばかりの私にとっては、そこかしこの駅で鳴っていた発車ベルの音は夏の暑さとともに強烈な印象として、今もこの身に残っている。空耳に響いてくる発車ベルは、私には夏の“音”でもある。 (終)

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