リニア中央新幹線に寄せる

画像⇒⇒ 東京~大阪間を67分で結ぶリニア中央新幹線(2045年開業予定)は、国の年間公共事業費に匹敵する9兆円という巨額の建設費を投入する前例のない巨大プロジェクトである。さしあたって、5兆4千億円をかけ、東京~名古屋間が13年後の2027年に先行開業する。
 現在は、東京~名古屋間の2014(平成26)年10月建設着工予定の下で、JR東海が2011(平成23)年から2013(平成25)年にかけ実施した沿線7都県(東京~名古屋)の環境アセスメントに関する対策をまとめた環境影響評価準備書を昨年(2013)9月に公表し、その準備書に対する各都県の環境審議会の評価内容が各知事に答申され、環境影響評価書案がまとめられようとしている段階にある。通常の段階であれば、沿線各都県の環境アセスメントによる環境影響評価を踏まえて環境影響評価書がまとめられ、国土交通相が審査した上で、環境相の意見を踏まえ国により工事着工の如何が判断される。しかしながら、環境アセスメントによる環境評価を示した準備書に関しては、沿線各都県の環境審議会で妥当性を評価してきた専門家らから“アセス情報量が少なく評価ができない”“住民の生活環境や自然環境がどのように変わるのか、資料の大部分が欠落しているため理解しにくい”“車両基地や変電施設などの建設位置が曖昧で、環境の影響が及ぶ範囲が不明確で評価が不十分”などとする意見が相次いだ。特に、重要な課題(土壌・大気・生態系・景観等の環境保全、残土処分、CO2排出量等)に対し、JR東海の具体的な対処策が表明されていないことに批判が集まっている。これに対しJR東海は、現段階で出来る限りの最も詳細なアセスを行っており、環境を保全する措置を盛り込んでいるとしている。その上で、アセスの情報量不足については、路線や駅などが未確定段階でのアセスであったために細かい対応前提が整っていなかったとし、工事着工となれば自主的に環境に対するモニタリング(監視)を実施し、その結果を公表するとしている。いずれにしても、工事着工を予定通りに進めるといった姿勢に執着することなく、JR東海としては先ずは環境への影響を可能な限り最少に抑える建設計画を練ることが着工への第一の条件であろう。そして、多様な意見に真摯に耳を傾け建設計画で問題視されている点を適切に正していく姿勢が必要で、将来へ禍根を引きずらないためにも着工を急ぐあまりの拙速は許されないのではないか。
画像 その反面、リニア中央新幹線の開業については別の思惑も見せている。2020年のオリンピック東京開催が決まった翌日(2013.9.9)に、“東京オリンピックまでに名古屋まででも乗れるようになればいい…”と経団連会長(米倉弘昌氏)が開業時期の前倒しに強い期待を示したほどに、財政界等からは早期開業を望む声が高いともいう。しかし、“どう建設工事を進めても開業には二桁の年数はかかる…”と、JR東海の応えはつれなかったという。

⇒⇒ 50年ほど前の、日本の高度成長期に飽和状態にあった東海道線の輸送量を補完する手段として誕生した当時の東海道新幹線とは違い、人口減少化の時代を迎えている近年にあっては、本当にリニア中央新幹線は必要なのかと疑問視する声も少なくない。また、日本の一大幹線輸送ルートの東海道にはすでに新幹線や高速道路、航空路線など他の輸送機関が存在していることから、現ルートに対する輸送の補完や障害(災害等)に備える目的で建設されるリニア中央新幹線であれば、必要でないとする見方もある。そうした状況の中で2013(平成25)年9月18日、リニア中央新幹線東京~名古屋間の最終の路線ルート案がJR東海から発表された。
 JR東海の金子慎副社長は、今年(2014)10月に開業50周年を迎える東海道新幹線の経年劣化と大規模災害への抜本的な備えとして、リニア中央新幹線の建設を進捗させることで東海道という日本の大動脈を二重系にする社会的意義に理解をと強調した上で、次のように述べる。現在の東海道新幹線は、1時間に最大15本の運転で東京~新大阪間を最速2時間25分で結び、1日約41万人・年間約1億5千万人の旅客を運ぶ日本の経済と国民生活の大動脈を担う重要なインフラで、東海道新幹線が果たしている役割は他の輸送機関で代替えできるものではなく、これを将来に向け維持・発展させていくことが国鉄改革(分割民営化)で発足したJR東海が担っていくべき責務であるとともに、果たしていくべき主体的使命である。これがJR東海の、東京~大阪を67分で結ぶことでライフスタイルの変革を生み出し経済の活性化をもたらすであろう中央新幹線の建設に取り組む原点である…と。その上でJR東海では、リニア中央新幹線建設計画の実施に関し、昨今の国の財政事情が大変に厳しい中で公的資金に頼るのでは建設へ向け展望が開けないとの推察から、建設費全額(9兆円)の自社負担により建設を進める決定をしている。
 ただ、自己負担とはいえ、建設計画自体は国の屋台骨を支える重要な新幹線の建設という意味から、既設の整備新幹線同様に全国新幹線鉄道整備法に準拠するかたちで進められる、国家プロジェクトとしての位置付けであるという。そのリニア中央新幹線は、一企業の利益のために建設するわけではなく、将来の日本経済を支え沿線地域の便益の拡大へつなげるもので、次代の日本に不可欠なインフラであると考える…、と先のJR東海副社長は言葉を次ぐ。
画像 〈 “リニアの父と呼ばれる京谷好泰氏
⇒⇒ 時速500㌔の超高速(最高速度505km/h)で走行するリニア中央新幹線(超電導磁気浮上式鉄道)、その始まりは今から半世紀以上も前の1962(昭和37)年のことで、世界初の高速鉄道・東海道新幹線が走り出す2年も前に早くも“次世代高速鉄道”の開発に向けた研究が国鉄の鉄道技術研究所(現・鉄道総合技術研究所)でスタートしていた。
 当時の超電導技術は、実用化の領域には届いておらず、欧米で学術対象の理論的な研究が行われていた程度であった。その超電導の現象に着目し、鉄道の技術に応用できるのではと構想する、一人の若い国鉄の鉄道技術者がいた。後に“リニアの父”と称されることになる、元国鉄浮上式鉄道技術開発推進本部長の京谷好泰氏(88)である。同氏は、この構想を当時の国鉄で“技術の神様”と呼ばれていた技師長の島秀雄氏(新幹線生みの親とも言われる)にお伺いを立てたところ、「馬鹿野郎 何十㌧もある車両がどうして浮くんだ」と頭ごなしにあったという。当時の運輸省からも、浮いて走る鉄道の構想(技術)は“まがい物”のように扱われ、この超電導現象を鉄道に応用しようという構想は多方面から集中批判の的になった。しかし京谷氏は、超高速走行においては、地震国の日本では超電導による浮力走行(線路から外れることがない)が絶対に必要との持論を堅持して譲らなかった。鉄レールの上を鉄車輪の粘着力で加速走行する列車の速度は300km/h台が限界といわれていた当時、粘着力に頼らない超電導現象を列車の高速走行に使おうと、国鉄の若手技術者グループが集結した。その後、国鉄技師長室調査役となった京谷氏は、1968(昭和43)に本格的に研究チームを立ち上げ、次世代高速鉄道の開発に関する推進方式や車体支持方式、超電導の極低温技術について調査・研究を開始したのである。
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     1972(昭和47)年に有人による世界初の超電導磁気浮上走行に成功したML100実験車両 当時の鉄道技術研究所内実験線
 開発から10年を経た1972(昭和47)年には、鉄道技術研究所内の実験の場で人を乗せた実験車両のリニアモーターカー(ML100‐全長7㍍・4人乗り、現在は東京の鉄道総研で保存)が世界で初の浮上走行(時速60㌔)に成功している。そして、超電導リニアの走行実験の舞台も、研究所の枠から出て1977(昭和52)年に宮崎県日向市に開設の宮崎実験センターの実験線(単線・全長7km)へ移され、無人ながら走行実験で当時の鉄道世界最速517km/hを記録(1979(昭和54))するなど、有人無人を含めた2両編成、3両編成の実験車両による走行実験で超電導リニアに係わる基礎的技術の確立が図られていった。さらに、実用化に向け走行実験の充実を図るために、1996(平成8)年には山梨県都留市に開設した山梨リニア実験センターの実験線(複線・先行区間全長18.4km、現在は延伸され全長42.8km)へ移転し、2003(平成15)年に有人走行で鉄道世界最速を更新する581km/h(MLX01‐1、現在は名古屋のリニア・鉄道館で展示)を記録している。山梨リニア実験線では現在、13年後の営業運転開始に向け営業線仕様車両「L0系」によりさまざまな要素の走行実験が鋭意行われている最中である。
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            2003(平成15)年に山梨リニア実験線で581km/hの鉄道世界最速を更新したMLX01-1試験車両
⇒⇒ 皮肉にも、超電導現象を鉄道に利用しようという方向付けが途についたばかりのとき、第18回オリンピック東京大会の開催(1964(昭和39).10.10)を前に日本中が五輪ムードに浮かれていた中で華々しく開業した東海道新幹線を世界に誇った国鉄は、この新幹線の開業を境に赤字体質の経営の途を歩み始めていたのである。
 その後も、財政難の長いトンネルに入り込んでいった国鉄を取り巻く情勢は日増しに厳しさが募り、分割・民営化を軸に国鉄の経営形態議論が渦巻く日々で明け暮れていた。そんな国鉄の苦しい台所事情を理由に、将来目標の見通しが曖昧模糊としていた超電導リニア技術の研究拠点である宮崎実験線の廃止が検討されていた。このような状況下にあった京谷氏は、次世代高速鉄道開発の灯をこのまま消してはならじと、自ら超電導リニア技術研究の存続に向け財政界の有力者たちに趣旨を直訴する努力を重ねるまでして、その存続の確証を手中にしていた。もし、宮崎実験線廃止に関する国鉄の当時の検討如何によっては、次世代高速鉄道としてのリニア中央新幹線の命脈は絶たれていただろうと言われている。
 リニア中央新幹線は、13年後の2027年に計画ルートの一部の先行開業(東京~名古屋)を目指しているが、2014(平成26)年現在においてすでに実用化されて稼働中の磁気浮上式鉄道には、中国上海の「上海トランスラピッド」(2002年開業・常電導浮上式)と日本の「リニモ」(2005年開業・愛知高速交通東部丘陵線の常電導浮上式)がある。
 ちなみに上海トランスラピッドの430km/h運転は、現在の営業列車の中では鉄道世界最速を誇る。ただ、リニモとともに浮上に常電導の磁石(一般の電磁石)を使うため、浮上走行は10㍉程度が限度とされている。これに対しリニア中央新幹線の超電導磁気浮上式は、強力な磁力の超電導磁石を使うため約100㍉浮上して走行することができる。このため、高速走行中における車両・ガイドウェイ間の接触の危険性が低く、地震国の日本でも高い安全性が確保できることから超高速走行が可能である。
 次世代高速鉄道の建設に関しては、これまで山梨リニア実験線で積み上げられてきた超電導磁気浮上によるリニアモーターカーの成果が大きなインパクトを示していることから、超高速鉄道の建設には超電導リニア技術の導入が注目されていくであろう。さらに、諸課題(電力消費量、電磁波の人体影響、振動・騒音など)の解決が進めば、超電導リニア技術の導入が超高速鉄道建設には欠かせない要素の潮流になり得るのではないだろうか。JR東海においては、日本の高い技術力の総力を結集して開発した超電導リニア技術を国内に留め置くことなく、海外への輸出の方針も打ち出している。
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                      営業線仕様のL0系リニア試験車両 山梨リニア実験線
 いずれにせよ、半世紀を超える歴史を紡いできた日本の超電導リニア技術の開発・研究の成果は今、当時の国鉄が経営のどん底に喘いでいた時でも投げ出されることもなく続けられてきた技術の練磨とともに、超電導磁気浮上式リニア中央新幹線営業運行の実現化へ結びつこうとしている。そして、数多の技術者たちが挑んできた超電導リニア技術開発の過程には、日本の鉄道の長い歴史の中で培われてきた鉄道員魂が脈々と引き継がれて、息づいている。 (終) …新聞記事および別冊宝島を参照させていただいた.

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