進化するホームドア ・ 雑感

画像 近年、鉄道の安全設備の中で最も技術的に、また機能的に進化を示すのが、駅のホームにおける転落事故や列車接触事故の危険から乗客を守る「ホームドア」(ホーム柵)である。現在、鉄道各社ですでに設置済みのホームドアには、大別してフルスクリーン式と可動式(扉の横開閉式)の2種が存在するが、既設駅へのホームドア導入は可動式が主流を占める。ただ、これら従来型のホームドア導入には高いハードル(大きな事業者負担)があって、導入の進行具合が遅々としている状況にある。この状況を改善し、さらなる乗客の安全性向上を図るため新たな技術やアイディアを採り入れた次世代型ホームドアの研究・開発が2011(平成23)年頃から始められ、現在は従来型(可動式)に代わってロープやバーを使用した昇降式と戸袋移動式の3タイプが開発途上にあり、ホームドア導入・設置の機運をより高める模索が続けられている。そして今、それら新タイプのホームドアに対する機能確認や問題点の洗い出しなどを目的に、2013(平成25)年夏頃から実証試験や検証試験が実際の旅客営業運転の場で行われている段階であり、利用者の安全を高める試みが進められている。

従前の駅ホーム上の安全施策は、利用者自らの注意力や自己防衛に頼るホーム上に標示した「白線」が主体だった。しかし、この白線を視覚障害者が安全の情報として確認することは大変困難である。画像そこで、採用・設置されたのが点字ブロック(黄色)である。この点字ブロックの鉄道駅への導入・設置は、今から40年以上も前の当時の国鉄山手線(現・JR東日本)高田馬場駅のホームで起きた視覚障害者(全盲の専門学校生)の転落・死亡事故(1973(昭和48).2)がその契機にあった。当時この事故に対しては、視覚障害者のホームからの転落防止を図るべく点字ブロックを設置していなかった国鉄は提訴(東京地裁)され、事故防止の安全設備をなすべき義務を欠いたとして敗訴(一審判決)に至っている。その後、国鉄は視覚障害者の安全対策に努力を払う意向を示して和解が成立し、これを機に全国の鉄道駅のホームに点字ブロックの設置が急速に進んだのである。今では、「交通バリアフリー法」の施行(2000(平成12).11)もあって日本のほとんどの駅にわたる普及・設置を見ている。
 しかしながら、ホーム上の危険性は現在も高まりつつあり、ホームからの転落事故は後を絶たずに、しかも増えているのだ。そのため、抜本的な安全対策としてすでに大都市圏の路線を中心に導入・設置を見ているのがホームドアである。国土交通省も、1日の利用者が10万人以上で視覚障害者の利用が多い約200駅を目安に重点的にホームドアの設置を求めている。
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                          扉開閉型可動式ホームドア従来型) 〉
国土交通省によると、ホームでの人身事故は2012(平成24)年度に首都圏(東京都及び神奈川・埼玉・千葉の各県)で166件発生(16人死亡・150人負傷)しており、件数・死傷者ともに10年前からほぼ3倍に増えているという。一方、全国でホームドアの設置駅も2013(平成25)年9月末で574駅(全国)と10年前の3倍に増えたものの、全国比率では7%にも満たない状況だ。その内、首都圏が約300駅を占めるが、これもまた設置率は18%ほどに過ぎない。
 駅利用者のホーム上における安全確保に、今や主要な存在となっているホームドアだが、その設置の進度は鉄道駅の全体から見れば遅々としているのが実状である。このホームドア設置が遅々として進まないのには、導入に関する諸条件が障壁となっている。第一に設置コストの問題で、これにはホーム構造に係わる条件(重量構造物のホームドア設置に対する必要基礎工事量の度合)が関与するために駅によって異なるが、1駅当たり数億円から十数億円ともいわれている。また、車両側にも「TASC」(Train Automatic Stop Control System:定位置停止装置)の導入を必要として、さらにコストが嵩む。その上、設置にあたっては、国土交通省からの補助があるものの、設置自体が収入増に繋がるものではないことから事業者負担は避けれない面もあって、コストに係わるバリアが最大の課題となっている。
 また一方で、近年の都市圏における相互直通運転の伸展で、多種多様な列車運転に伴う編成両数や車種によるドア位置の違いなどから従来型のホームドアでは全ての乗車位置に対応することが困難となっており、同時にホームドア開閉に伴う列車運行時間延伸によるサービス面での問題などから、関連各社間での協議も複雑化するためホームドアの設置に二の足が踏まれている状況にもある。
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                             〈 フルスクリーン式ホームドア
従来型のホームドアには、主に新駅の開業に際して設置されるホームから天井までを一体化してホーム全体を囲うフルスクリーン式(神戸のポートライナー、ゆりかもめ、日暮里・舎人ライナー、東京メトロ南北線)と、概して既設駅に設置される可動式(首都圏でJR山手線、東京メトロ丸ノ内線、都営地下鉄大江戸線など)とがあり、現在は新幹線も含め可動式ホームドアが稼働の主流を占める。ただ、これら従来型のホームドアは、設置に大きな費用を要するという導入に対するネックがあるのは前述のごとくだ。
 そのため、2011(平成23)年頃から鉄道各社ではホームドア導入へ前向きの姿勢を押し出そうと、従来型のホームドアに代えて高コスト・低対応性を改善した新たな方式の開発に力を入れてきた。その新しいタイプの方式は、2011年11月に三菱重工が軽量・低コスト・多機能性を主眼に開発・試作した、固定された扉と戸袋の構成による従来型の構造概念(扉開閉式)を捨て個々に制御される移動式の複数扉を組み合わせて開口位置を変化させ、車両のドア位置の違いに対応(2~4ドアに対応)できるようにしたマルチドア対応型ホームドアである。ただ、設置コスト的には、従来型との格差は大きくは望めなかった。しかしながら、そのマルチドア対応タイプに対する研究開発の概念が一連の流れとなって加速され、2013(平成25)年に入ってさまざまな方式のマルチドア対応型ホームドアが考案されるきっかけとなった。
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                            〈 昇降式ホームドアロープ式) 〉
 その一つが、ホームの縁寄りに設けた支柱間に張られたロープ(複数本のステンレスワイヤー)により乗客と列車を隔て、ロープを支持している支柱を上下方向に伸縮させることによりロープをブラインドのように昇降させて乗降スペースを開閉するロープ式構造の「昇降式ホームドア」(JR西日本、日本信号)である。このロープ式においては、従来型ホームドアに比べ重さはほぼ半分で、設置にあたってもホームの補強工事等が必要ないため、導入コストは従来型の半分ほどという。この利点が有望視され、ロープ式の他にバー式(CFRP(炭素繊維強化プラスチック)製の3本の極太バー)といった構造・方式の昇降式ホームドアの開発(高見沢サイバネティックス)も続き、複数の鉄道路線で実証実験に供されてさまざまなシチュエーションに対する各機能の動作やメンテナンスの検証が実施されている。この他にも、従来型と同様に横に開く扉を備えるが、扉と戸袋で構成されたユニットが列車毎に異なるドア位置に対応して移動する特徴の「どこでも柵(入り口移動式)」(神戸製綱所)が、2014(平成26)年度内の商品化を目途に実証実験が開始されている。
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                            昇降式ホームドアバー式) 〉
 これら次世代型ホームドアの開発が進むことで、これまで導入条件に障壁があって設置が難しかった路線や駅などへのホームドア導入が進むのではと期待されている。同時に、遅々として進まなかったホームドアの導入に拍車がかかり、駅利用者の安全がより高められる期待も膨らむ。国(国土交通省)も、次世代型ホームドアに対し補助金を出すなど、新たなホームドアの開発・普及を目指すとしている。
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                           戸袋移動式ホームドアどこでも柵) 〉
駅のホームから転落した経験を持つ視覚障害者は以外に多く、中には5回以上の転落経験を持つ人もいるという。そうした視覚障害者を以て、「駅のホームは欄干のない橋と同じなんです 」と言わしめた転落事故が、今から13年前に起きている。記憶されている方も多いであろう、2001(平成13)年1月26日の夜(19時過ぎ)にJR山手線新大久保駅でホームから転落した男性を助けようとして線路に飛び降りた2人の男性(韓国人留学生李秀賢(イ・スヒョン)さん(当時26歳)とカメラマン関根史郎さん(当時47歳))ともども3人が電車にはねられ亡くなるという誠に痛ましい事故であった。新大久保駅のホームと改札口を結ぶ階段部分には、同事故で犠牲になられた二人を追悼・顕彰するプレートが掛かる。
画像 JR新大久保駅ホーム事故の犠牲者を追悼・顕彰するプレート
 同事故のきっかけは、酩酊気味の男性がホームから線路に転落したことだった。当時のJR東日本管内では3年間に、転落や列車との接触によるホーム事故が自殺を除き140件発生し、その7割近くが酔客であったという。
 当時も、ホームからの転落を防止するためにホームドアを設けた鉄道駅はあったが、鉄道全体には導入に膨大な投資を必要とすることから設置は非現実的とする考えが支配的であった。当該事故から10年以上が経った2013(平成25)年秋に、2017(平成29)年度末までのホームドア整備計画(大規模改良工事を要する新橋、渋谷、新宿、東京の各駅を除く)を掲げるJR山手線にあって、新大久保駅にもホームドア(従来型)が設置された。

JRをはじめ地下鉄や私鉄など全国で574駅(約300駅を首都圏が占める)へのホームドア導入・設置(2013.9末現)を見ているが、鉄道全体から見れば6%程度とまだまだ氷山の一角に等しいのが現状で、未だホーム上には危険が一杯潜む。されど、ホームドアが設置してあるからといって、不特定多数の人々が行き交うホームにおける危険性がなくなったわけではない。自らを事故から守る上からは、如何なるときでも“ホーム上は危険なのだ”という自意識を常に持つようにすることが大切で、利用者自らの自己防衛に対する心構えが肝要だ。
 ホームからの転落事故やホームにおける列車への接触事故が記録として残されるのは、列車が止まり死傷者が出た場合であることから、転落しても何事もなく済んでいる例は記録に留められていない。故に、転落の件数は、潜在的な件数を含めればもっと多いはずである。いずれにせよ、ホームからの転落事故は珍しいことではなく、それほどに多いということであろう。
画像                                         島 秀雄氏国鉄技師長時代) 〉
 「私にはプラットホームは“荒波逆巻く岸辺に突き出た桟橋”のように、“急流に渡した一本の橋”のように、いやそれ以上に危ない場所に見える」…、と遺稿集(2000(平成12))の中に「プラットホームにランカンを」(1982(昭和57))と題した記述を残してホームからの転落事故を防ぐためホームドアの設置を戦前から提言していたのは、新幹線の生みの親としてつとに知られる当時の国鉄技師長・島秀雄氏(故人)であった。その提言は、ホームに壁を設けてビルのエレベーターホールと同じにすることで、将来の駅の環境変化(利用者増、高運転頻度、合理化など)を踏まえればホームの安全確保には“クローズド・プラットホーム”にすることが第一条件であるとするものであった。その背景には、鉄道技術者としての島氏自身の若き日の体験があった。島氏の母方の親戚で、東京の慶応大学へ通う一人息子さんが、夏休みを利用した帰省を終え東京へ戻る日に東海道線神戸駅のホームから人混みに押されて線路に転落し、列車に轢かれた。病院に駆けつけた島氏に、「汽車は危ないから気をつけて…」と言い残して亡くなったのである。それからの島氏は、終生にわたってホームの乗客の安全について考え続けたといわれている。
 駅のホームにおける転落事故から利用者を守るべく今、国(国土交通省)もホーム転落事故防止のため乗降客が1日10万人以上の約200の駅を重点対象に鉄道会社にホームドアの設置を求める方向で、メーカーや鉄道会社に対し補助金を供して次世代型ホームドアの普及に努めようとしている。とにかく、古くはあるが亡き島氏の提言を真摯に受け止め、また、かつての新大久保駅ホーム転落事故の悲惨さを戒めに、乗客の安全を守る覚悟と決断を新たに駅ホームの安全確保に向け努力を惜しんではなるまい。 (終) 

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