タンク貨車の輸送事故に見る

日本でもメディアを通じて大きく報道された、昨年(2013)7月にカナダ東部のケベック州ラック・メガンティックで起きた原油を積んだタンク貨車を牽いた貨物列車が脱線爆発炎上した事故は、遠い地のこととて未だ記憶に新しいところであろう。この事故については、カナダ運輸安全委員会(TSB:Transportation Safety Board of Canada)が詳細な現地調査を終え(2013.9)て検査・分析調査の段階に入った現在も、同委員会による事故調査が続けられている。
画像 この貨物列車脱線爆発炎上事故は、カナダのケベック州ナントからおよそ11km東南に位置する人口約6000人ほどの町・ラック・メガンティックの市街地で2013年7月6日夜半の1時15分(日本時間同日14時15分)頃に発生した、MMA鉄道(Montreal, Maine & Atlantic Railway:鉄道に関する経営やコンサルティングおよび投資を生業とする法人・米国レールワールド社(本社・米国メイン州ヘルモン)の子会社)の原油を積んだタンク貨車が暴走(逸走)により脱線転覆して爆発炎上し、周辺住民や人家を巻き添えにして47人もの犠牲者を出した大惨事である。
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大惨事に至った概要は次のようである。… 2013年7月5日23時25分(日本時間同6日12時25分)頃、アメリカノースダコタ州の産油地・ニュータウン発カナダニューブランズウィック州セントジョン行きの原油を製油所へ運ぶMMA鉄道の「MMA2」貨物列車(機関車5両+原油積載タンク貨車72両+制御車掌車1両の計78両編成)が、乗務員の交代のためにケベック州のナント(高台に位置する)に停車した。「MMA2」貨物列車を運転してきた機関士は、交代乗務員の到着を待たずに貨物列車を無人の状態のままにして列車を離れ、ナントから11kmほど先のラック・メガンティックのホテルへタクシーで向かってしまった。
 その後、23時32分頃に同列車の機関車のうち1両から燃料漏れに起因すると思われる小規模な火災が発生し、通報によりナントの消防士らが駆けつけ消火作業に当たり、火災はボヤ程度で収まった。同鉄道の列車指令所にも火災発生は報告され、MMAから社員がナントの現場に出向いている。そして、日付が変わった6日の0時13分過ぎに消防士らとMMAの社員も現場から撤収したため、貨物列車は再び無人の状態に置かれてしまった。
 そうした状況の中で、同日の0時56分頃の夜半に高台に停車していた「MMA2」貨物列車が無人状態のまま突然に下り勾配を同列車の進行方向へ転動し始め、やがて連続した12‰の下り勾配区間をスピードを徐々に増しながら暴走するに至った。スピードを上げつつ暴走を続ける無人の「MMA2」貨物列車は、転動を始めたナントからおよそ11km東南に位置するラック・メガンティックの市街地に深夜の1時15分頃に達し、やがて差しかかった曲線箇所を通過しきれずにタンク貨車は次々に脱線した。
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           原油輸送貨物列車脱線爆発炎上事故現場全景カナダケベック州ラック・メガンティック市街 2013.7.6
 その凄まじい脱線の衝撃により、72両のタンク貨車に積載の原油(原油総量およそ9000㌔㍑余り)に次々と引火して多数の周辺住民や人家を巻き込む大爆発を引き起こして大火災となった。火災直後の20時間余りの間は、爆発と熾烈な火勢のため消火活動もままならず、40時間以上にわたって燃え続けた。爆発の激しさを物語るが如くに、事故現場周辺の人家や施設は爆風で跡形もなく破壊し尽くされ、ラック・メガンティック住民の約2000人に7月9日まで避難勧告が出された。また、街の近くを流れるオタワ川には推定約10万㍑の原油が流れ出て一部区域に取水制限が勧告されるなど、その事態は周辺地域を震撼させるものであった。事故現場の周辺住民など47人が犠牲となったこの貨物列車のタンク貨車脱線爆発炎上事故は、カナダの鉄道にとって最大・最悪の列車事故となった。
画像 数回にわたるタンク貨車の原油爆発により巨大な炎が夜空を染める事故現場 ケベック州ラック・メガンティック 2013.7.6
この大事故の直接の原因となったのは、貨物列車が無人の状態で転動・暴走したことであった。その誘因を生み出したのは、ナントでの停車中に起きた当該貨物列車の機関車の1両から出火した火災だった。消火にあたって、消防士が牽引機関車(5両)のエンジンを止めたために列車全体のブレーキ機能が低下・緩解してしまったと見られている。事故原因の詳細は推察の範囲にあり、その真相のほどは未だ明らかになっていない。
 この事故に対してTSBは、こうした惨事が二度と繰り返されないために20名以上から成る大調査団を組んで事故の調査・解明に当たっており、現在も進行中である。ちなみにTSBの事故調査は、現地調査、検査・分析調査、報告の3つの段階を踏んだ構成によって実施される。
 TSBはこれまでに、事故を起こした列車(MMA2)の下り勾配停車時における転動防止の制動力が不十分であったとの判断から手ブレーキの扱い方についての検討や、列車が本線上に無人で放置されるのを防ぐために列車運転取扱方法の見直しの検討、また、低温においても引火性が高い石油類輸送に関する安全性などの検討および勧告を行い、当該事故に関する数件の検査・分析調査の文書を提出している。
画像 爆発炎上した原油積みタンク貨車の残骸ケベック州ラック・メガンティック 2013.7.7
北米では、2009年頃からシェールガス(非在来型天然ガス)の生産が盛んになって輸送需要が活発化しており、その輸送にあたっては行政当局の認可や敷設に長期間を要するパイプラインに代わって即時活用が可能な既設の鉄道による輸送が注目を浴び、タンク貨車輸送の需要が高い上昇率を示している。こうした鉄道を使った輸送需要の高まりは原油輸送においても同様だが、ただ原油など低温引火性の高い液体輸送を行うには今回のMMA鉄道の爆発炎上事故を省みるまでもなく、高い安全性を確保できるタンク貨車の運用が強く求められる。今回、爆発炎上事故を起こしたのは北米で最も多く使用されている「DOT-111」形式タンク貨車で、もし輸送上十分な安全性の確保に不足するところがあるとするならその解決(米国運輸省はタンク貨車の1/4に相当する約6万両以上に安全性向上の改造を義務付ける規則改正を検討中)は早急に図られなければならない。そのためにも今後のTSBには、今回のタンク貨車爆発炎上事故に対し徹底的な調査・分析を通じた究明が求められよう。
 なお一方で、MMA鉄道(営業キロ820km)については、今回の貨物列車暴走脱線爆発炎上事故によって被った甚大な資産喪失に鑑み2013年8月にカナダの裁判所で破産手続きの申請が行われた末に、事実上の倒産が実態化した下で同年12月にMMA鉄道の資産は売却・整理された。

約半世紀近い前のことにもなるが、日本の鉄道においても、カナダのタンク貨車爆発炎上事故に類するタンク貨車の爆発炎上事故が起きている。
 1960年代の日本の鉄道貨物輸送においては、日本の各地に点在する米軍基地への航空機用燃料(ジェット燃料)輸送が国鉄・私鉄等を問わずに、その大半が専ら鉄道による輸送に任されていた。そうした輸送環境の下で、200万人にも及ぶ都心部の通勤・通学等の足が奪われるという当時の国鉄をして言わしめたほどの最大規模の影響が出たといわれた、貨物列車の衝突事故が起きている。
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              貨物列車衝突事故で爆発炎上するジェット燃料の炎が新宿駅構内の夜空を焦がす 1969.8.8
 1967(昭和42)年8月8日夜半の1時45分頃新宿駅構内で、同駅の山手貨物線を発車して中央快速下り線へ向かう渡り線を進行中の航空機用ジェット燃料を満載した浜川崎発立川行き下り第2471貨物列車(EF1038電気機関車+タンク貨車18両の米軍燃料輸送列車)のタンク貨車の側面(進行右側)に、場内信号機の停止信号を冒進して中央快速上り線を進行してきた氷川(現・奥多摩)発浜川崎行き上り第2470貨物列車(EF1040電気機関車+ホッパー貨車20両の石灰石輸送列車)が衝突(10km/h前後)した。
 この衝突事故で、下り貨物列車の3両目から6両目までのタンク貨車4両が脱線(3両目2軸・4~5両目全軸・6両目2軸脱線)し、その内4、5両目の2両が横転した。その際に、衝突の衝撃で損傷を受けたタンク貨車から漏れ出た積載のジェット燃料に衝突時に発生したと思われる何らかの火が引火し、大きな爆発を起こして火災に至った。タンク貨車の損傷箇所から漏れ出た約72㌧ものジェット燃料の爆発で燃え上がった炎の柱は、新宿駅構内の深夜の空を深紅に染めるが如くに上空30㍍以上もの高さに立ち上ぼり、事故現場の周辺は瞬く間に火の海と化した。この爆発による火災で、下り貨物列車の脱線したタンク貨車4両(3~6両目)と衝突した上り貨物列車の機関車が炎上・焼損した。ジェット燃料が燃え上がる火勢は激しく、他のジェット燃料積載タンク貨車への誘爆の恐れもあって消火作業は容易に進まずに手間取り、鎮火は明け方近い3時20分を回っていた。
 しかし、鎮火後も事故現場周辺には、ジェット燃料の燃焼に伴って大量に発生した高い引火性の揮発性ガスが充満していたため、引火・爆発の恐れから事故復旧用機材類の使用ができなかった。その上、脱線したタンク貨車に残留していたジェット燃料を貨車から抜き取ってタンクローリーへ移し換える作業が日本側ではできずに在日米軍の手を借りなければならなかったなどで事故現場の復旧作業は大幅に遅れ、完全復旧には翌9日早朝の4時04分まで丸1日以上も待たなければならなかった。この貨物列車の衝突事故は、中央線をはじめとする首都東京の国電区間に対し運休など多大な影響(約1200本運休)を及ぼし、200万人を超える都心部の通勤や通学等の足が奪われた。
画像 新宿駅構内貨物列車衝突事故の発端となった下り貨物列車に衝突した上り貨物列車のEF1040号機関車
 本事故の原因は、場内信号機が停止信号現示であることを乗務員に知らせるATS警報(ベルの鳴動)に対して確認扱い(警報停止)を行った上り貨物列車の機関士が、その後漫然と運転したことから停止ブレーキの操作が遅れたためであった。その結果、非常ブレーキの操作も及ばず下り貨物列車の側面に衝突してしまったのである。なお、本事故のようなATS警報確認扱い後における乗務員の意識などの中断から生じる停止信号の失念やブレーキ操作の遅れなどを防ぐため、確認扱い後もATS警報に対する乗務員の注意力保持が継続されるように、国鉄の全車両を対象に確認扱い後の注意喚起機能(確認扱い後も列車か停止するまでチャイム音を継続鳴動させる)が追加されるなど、本事故はその後のATS機能向上への改良のきっかけともなった。また、従来からタンク貨車の外部に露出して設置されていた安全弁(タンクの内圧調整用)を転覆事故などによる破損から守り、積み荷の液体類が漏洩するのを防ぐため、本事故を契機にタンク貨車の弁類の内蔵化が図られた。

タンク貨車の事故は、ときにはMMAの如くに一つの鉄道会社が葬られてしまうような思わぬ大惨事を招来しかねない。もともとタンク貨車輸送は、セメント・カーボン・炭酸カルシウム・フライアッシュなどの鉱物粉体類や小麦・玉蜀黍などの穀粒類を除けば、輸送の大半が原油や石油類、化学薬品、化成製品など危険性を伴う液状体が積み荷の主体であることから、新宿駅構内におけるジェット燃料輸送の貨物列車衝突爆発火災事故やカナダのケベック州ラック・メガンティックにおける原油輸送タンク貨車脱線爆発炎上事故に例を見るまでもなく、タンク貨車事故が社会にもたらす影響(被害)の重大性は計り知れず、タンク貨車輸送にあたっては安全の確保は勿論のこと、より慎重な配慮が求められる。
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 鉄道に限らず事故は、時と場所を選ばずに起きるといわれているほどに、その予測は不可能に近い。同様のタンク貨車が爆発炎上する事故ながら、MMA鉄道の原油爆発炎上事故は沿線を市街地が囲む生活圏の面前で起きたため、その被害は世間を揺るがすほど甚大であった。一方の新宿駅構内におけるジェット燃料爆発炎上事故は、周辺地域の隙間を埋めるほどにビル群が建ち並ぶ都心に位置する駅ながら、その構内は国鉄の中でも相当に広い空間を占めていたことが幸いしてか、爆発炎上の被害は最小限に食い止められ、犠牲者も出さずに済んでいる。
 まさに事故は、時と場所を選んではくれない。 …“事故は忘れた頃にやって来る ”… 鉄道人の呟きである。 (終)~鉄道ジャーナルその他資料を参照させていただいた. 

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この記事へのコメント

みやのこ
2016年09月25日 12:04
はじめまして。
タンク車の事故に関連して、1964(昭和39)年の1月4日に東京都下立川市の立川駅構内で、信号掛の過失により暴走してきたタンク車が、青梅線ホームに停車してた青梅行きの列車(電車5両)に衝突し炎上、電車4両と線路ぞいの商店街(およそ1500㎡)を焼失する事故が起きてるものの、不幸中の幸いにより負傷者4名で済んだ事案があった事も忘れてはならないです。

以上をもちまして、私はこの辺にて失礼します。

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