鉄 路 の 肖 像

を去る38年以上も前、日本の鉄道は一つの時代を終えた。1975(昭和50)年12月14日、日本における最後の蒸気機関車牽引の旅客列車(C57135が牽く第225列車)が国鉄室蘭本線の室蘭~岩見沢間を走った。
画像 室蘭本線室蘭~岩見沢間を走った日本で最後の蒸気機関車牽引の旅客列車 1975.12.14
 遠く明治の鉄道草創期より、1世紀を超える104年にわたって日本の鉄路を支えてきた蒸気機関車は、その終焉を北の大地・北海道で迎えたのである。蒸気機関車が働いた1世紀余り、戦時下たりとも休むことなく日本全国津々浦々を駆け巡り、電気やディーゼルといった近代的動力車が目覚ましく伸展を遂げつつあった戦後にあっても、動力近代化(電化・ディーゼル化による無煙化)の達成に至る間合いの繋ぎ役にも徹して頑張り続けた。その鉄路の主役を草創期から務めてきた蒸気機関車に、如何に数多の鉄道員たちの知恵と努力と汗が注ぎ込まれてきたかは計り知れず、それらが日本の鉄道を世界に誇れる水準にまで引き上げ、さらに世界の頂点を目指す今日の原動力となったことは確かである。
 しかしながら、鉄道の近代化を本格的に目指した鉄道変革の時勢にあっては、鉄道の長い歴史の中で培われてきた蒸気機関車に係わるノウハウも近代動力車を前にしてはほとんど色褪せた存在となって、やがて迎えた動力近代化に取って代わられた蒸気機関車はその万能であった時代に終止符を打ったのである。
 北の終焉の地から、鉄道を象徴する存在であった蒸気機関車のダイナミックな動きとドラフトの響きが消えて久しいが、蒸気機関車が鉄路から消えた直後には何かを失った大きな空洞感や喪失感を覚え、“あゝ一つの時代が終わった…”という寂寞とした気持ちを禁じ得なかった人たちも多かったことであろう。されど、人間の創り出した最も素晴らしい機械とまでいわれる蒸気機関車は、新幹線網が全国に広がりを示す今も多くの鉄道を愛する人たちの心を惹きつけ、記憶の中で色褪せることなく走り続けている。
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                終着駅上野を目指す急行みちのくの機関士と機関助士 ・ 「ある機関助士」 〉
路の上り急行列車〈みちのく〉への夕方の乗務を控え、水戸機関区の休憩室で往路乗務を終えた疲れを取る機関士と機関助士。仲間の乗務員たちがしばしの寛ぎを過ごす傍らの窓越しに、動力近代化へ向け投入された真新しい電気機関車が悠然と横切る情景を映す「ある機関助士」のワンシーンは、時代の変遷に呑み込まれようとしていた当時の蒸気機関車乗務員たちの境遇を今に伝える時代の一コマである。
 「ある機関助士」は、動力近代化(電化)が目前に迫った1962(昭和37)年、日本最大の旅客用蒸気機関車・C62形が牽引する急行〈みちのく〉の運転を国鉄常磐線の水戸~上野間(121.1km)に追った、若い機関助士を主人公に蒸気機関車の時代を生きた男たちの働く雄姿を記録した短編のドキュメント映画である。今日の、イベントなどで各地を走る蒸気機関車の牽く列車では到底見ることの叶わない、定時運転の確保に向け全力を賭して獅子奮迅する機関士・機関助士と、持てる力を振り絞る蒸気機関車とが一体となって織り成す緊迫した男の職場を描いた珠玉の作品である。
 ちなみに「ある機関助士」は、1962年10月に岩波映画のドキュメント作品(カラー作品・第18回芸術祭文部大臣賞等数々の賞に輝く)として制作され、翌年3月に公開された。この映画の制作に関しては、制作された年の5月3日に国鉄常磐線三河島駅構内で起きた列車二重衝突事故(死者160人・重軽傷者296人を出した“三河島事故”)に対する国鉄への社会の強い風当たりを少しでも和らげようと、安全への取り組み喧伝を目的に国鉄主導による持ち込み企画として制作に至った背景があったようだ。また、この映画が制作された当時の国鉄常磐線は、電化による動力近代化の最中であったが、直流電化では同沿線にある地磁気観測所(茨城県石岡市)に与える影響などの問題から取手以北の電化(交流)がところどころの区間で足踏みをしていた状況もあって、首都圏で蒸気機関車牽引による旅客列車が最後まで残っていた幹線であった。

、蒸気機関車(C6238)を駆って上野駅を発ち、下り急行〈みちのく〉を水戸駅まで牽いてきた機関士たちは夕方、上り急行〈みちのく〉の復路の乗務に備え水戸機関区でしばしの休息に入る。
 休憩を取る仲間の機関士や機関助士たちの、見習い当時の厳しかった訓練の思い出や事故の経験談、蒸気機関車への愛着など談笑が弾む間にも、若い機関助士の脳裏には急ピッチで迫る動力近代化への不安や期待とともに、これから先の我が身の行く末が過る。
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             水戸駅を発ち3分の遅延回復に向け果敢に加減弁ハンドルを引き上げる ・ 「ある機関助士」 〉
 夕刻の水戸駅で機関士と機関助士は、上野駅着19時09分の上り急行〈みちのく〉を3分遅れで乗り継ぎ、1日の最後の乗務に入る。機関士は加減弁ハンドルを一杯に引き上げ、終着上野駅を目指し時速90㌔を超える速度で日本最大の旅客用蒸気機関車(C6222)を驀進させる。苛酷な振動に翻弄されながら、煤煙と熱気の渦巻く運転台では、機関士と機関助士の間で進路の信号を確認する指差喚呼・応答や駅通過時刻の確認が絶え間ないほどに繰り返される。そんな慌ただしさが交錯するなかで、ダイヤ(運転時分)に余裕のない取手から先の電車区間に入るまでに乗り継いだ3分の遅れを取り戻すべく、回復運転に向け機関車の性能を最大限に引き出す機関士と機関助士との熱い奮闘が懸命に展開される。

つて、長い貨物列車を、急行旅客列車を懸命に牽く蒸気機関車の高い運転台に垣間見た左腕に白い腕章を巻いた機関士の姿は、周囲からは勇壮で頼もしくさえ捉えられ、子ども心にも憧れ的な存在ですらあった。
 しかし、現実にはそのような羨望とは裏腹に、機関士と機関助士に求められる緊密で相互信頼の連携作業は“男の職場”ともいわれて、気迫と体力の消耗を尽くして止まない壮絶な仕事であった。焔と蒸気の熱気、振動と騒音の坩堝と化した狭い空間の運転台は、一千度を超える白熱の火焔が燃え盛る火室を面前に、夏は灼熱の、冬は厳寒の、しかも半端ではない激しい動揺が同居する苛酷な場所であった。そんな空間で、自ら作り出さなければならない動力源の蒸気パワー、その出力と消費を絶えずコントロールする必要がある蒸気機関車の運転には強靭な体力と気力が求められ、安全運転への精神の集中力と併せ機関士・機関助士相互の負担は極めて大きく、その労働環境の苛酷さは近代車両の比ではなかった。
 とはいえ、乗務員自らの技量と力量とが如実に反映される蒸気機関車の運転は、“たとえ苛酷で辛くとも機関車との一体感が直感できる大変にやり甲斐のある仕事である…”と、機関士や機関助士の経験者たちが悉く一致して口を揃えるところでもあった。
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行〈みちのく〉を舞台に展開される「ある機関助士」の主人公である機関助士を務めたのは、今もご健在と聞く水戸機関区所属だった小沼慶三氏(機関士は当時尾久機関区所属の今は亡き中島鷹雄氏)である。国鉄に就職後、水戸機関区で機関助士の職に就いた小沼氏は、機関士科養成所に入る直前に同機関区長から「ある機関助士」への出演を打診されたという。その後、同氏は24歳の若さで機関士職を拝命している。
 前方に伸びる2条の鉄路に夜の帳が降り始めた中を、終着上野駅を目指しひた走るC62の運転台では、遅延回復に向けた時間との格闘が続く。前方の安全注視と繰り返される信号の確認喚呼・応答、制限速度ギリギリに機関車の性能を引き出す機関士の神業、それを可能にする水と火床を操り蒸気を絶え間なく懸命に作り続ける機関助士、二人の一糸乱れぬ相互連携の下で上り急行〈みちのく〉は轟然と取手駅を通過した。
 「 はい 定時!! 」…、喧騒が支配する運転室内に機関士の大きな声が負けじと響くとともに、機関助士に向けて挙げた機関士の煤けて黒ずんだ白い手袋の右手がつくる“〇”じるし(定時を意味する)が、ほの暗い中に浮かび上がった。信号機や踏切が増え、閉塞区間が短くなる電車区間に入る前に定時に戻す…、乗務員らが自らに課した使命は見事に果たされ、安堵の空気がひととき運転台を包む。
 しかし、3分の遅れを取り戻し安堵したのも束の間、上り急行〈みちのく〉は夕方のラッシュを迎えつつある暮れ残る電車区間に突入し、運転台の緊張は前にも増しその度を高める。信号機が増え、その間隔も短くなって、信号の注視に一層の緊張が滲む。そして、すでに夕刻のラッシュを迎えて混雑し始めていた駅々のホームを、急行〈みちのく〉は一筋の流れの如くに後方へ遣り、汽笛の響きとともに轟然と通過する。
 都心に近づくにつれ数を増す踏切、絶え間ない緊張が強いられる中で運転台の窓越しに流れ去る都会の灯やネオンの瞬きを目の隅に捉えながら、終着も間もない上野駅へ前照灯が仄かに照らす夜の闇に包まれ始めた鉄路を疾駆する。
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                   乗務交代の短い合間をぬって行う安全を託す点検 ・ 「ある機関助士」 〉
12列車・急行〈みちのく〉は、13時間半にもおよぶ長旅を終えて夜の帳がおりた上野駅8番線に定時に到着した。乗客たちが次々と降車し、階段を降りて消えて行く様子をホームで寡黙に見つめていた機関助士は、牽いてきた荷物車から符丁を交えながら荷卸作業を続ける荷物掛たちの傍らで、やおら大きく振りかぶりピッチャーの投球モーションを勢いよく繰り返す。緊張の連続だったついさっきまでの乗務に心を馳せる内、一つの達成感と安堵感が自然な発露となって機関助士の胸のうちをこの上もなく高揚させた結果ではなかったろうか。また、急行〈みちのく〉を駆ってきた機関車を前に、ホームのベンチで列車の運転状況表に上野駅定時到着の“0”を書き込みながら機関士が燻らす紫煙も、ともに機関車乗務員たちの心の内が観る者に素直に伝わってくる「ある機関助士」のエンディングシーンである。
 この37分間に凝縮された水戸~上野間のドキュメント映像が映し出す、去りし日の鉄道輸送に懸命に奮闘した二人の鉄道マンの雄姿は、“終わった一時代”(蒸気機関車の時代)を象徴する鉄路の肖像でもあろう。 (終) 

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