廃線鉄道で町おこし

鉄道に対する国民の理解と関心を深めるとともに、今後一層の鉄道の発展を期すことを目的に国土交通省(鉄道局)では、2002(平成14)年に応募方法による「日本鉄道賞」の表彰制度を創設し、鉄道が地域の発展に貢献している事例を社会一般に広く公開する情報発信を行っている。
 昨年(2012)実施された第11回目となる「日本鉄道賞」には29件の応募があったが、その中で廃線鉄道が受賞するという日本鉄道賞創設以来初のケースが生まれた。受賞対象となった廃線鉄道は、2006(平成18)年11月末を以て廃止となった第三セクター神岡鉄道(猪谷~奥飛騨温泉口間19.9km)である。その一部の区間である旧奥飛騨温泉口駅~旧神岡鉱山前駅間の2.9kmの区間に対して、『「蘇ったレール」特別賞』が贈られた。

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                    〈 日本鉄道賞・「特別賞」受賞のレールマウンテンバイク・ガッタンゴー 〉
 応募の中から選ばれ、特別賞を受賞したその取り組みは、NPO法人神岡・町づくりネットワーク(岐阜県飛騨市神岡町)が主導する〔廃線を抱えた田舎町の遊びゴコロの町おこし“自転車とレールで風になる”レールマウンテンバイク・ガッタンゴー〕というテーマで、日本鉄道賞表彰選考委員会から選出されたのだ。受賞対象となったのは、廃線となった旧神岡鉄道(第三セクター)の線路にレールマウンテンバイク(マウンテンバイク2台を鉄道のレール幅に合わせた鉄製の特製フレームで固定し、自転車を漕ぐことでレール上を走る自転車と廃線鉄路を組み合わせた乗り物)を走らせて廃線鉄道を継続して保存・活用し、このエコプロジェクトを推進しながら人との出会い・ふれあい・交流を演出していくことで町の活性化を目指そうという取り組みである。
 ちなみに今回の『日本鉄道賞』の受賞は、〔国指定重要文化財である丸の内駅舎を創建当時の姿に復原します〕と題したJR東日本の東京駅丸の内駅舎復原プロジェクトに対してであった。また、NPO法人神岡・町づくりネットワークによる特別賞受賞の取り組みは、公営社団法人スポーツ健康産業団体連合会による第一回スポーツ振興賞のスポーツとまちづくり賞部門において、今年(2013)の2月に『日本商工会議所奨励賞』にも選ばれた。
画像                     〈 飛騨市神岡町市街地景観 〉
岐阜県の北東端に位置する飛騨市神岡町は、飛騨山脈の峰々に囲まれた河岸段丘を成す地に市街地が延び、神通川の支流である高原川が南北に貫流し、富山市(富山県)に接する自然一杯の町である。その神岡町は、もともと鉱山事業を核として形成されてきた鉱山町で、鉱山の隆盛と衰退を共にしてきた。鉛や亜鉛、銀の産出量に恵まれた神岡鉱山の隆盛に支えられて、1960(昭和35)年に総採掘量が7500万㌧にも及んで“東洋一の鉱山”とも称された神岡鉱山の傘下にあって、神岡町は1950年代後半から1960年代前半にかけて人口が2万7000人を超えて膨れ上がるなど大きく発展してきた。一方で、神岡鉱山から流れ出たカドミウムが原因となって、富山県の神通川流域に“イタイイタイ病”を発生させ、大規模公害を引き起こした負の側面をも持っている。
 しかし、東洋一と言われてきたさしもの神岡鉱山も、時の経過とともに採掘鉱脈が細り、鉱石類の枯渇などから次第に事業規模が縮小され、ついには2001(平成13)年に全面的な採掘中止に追い込まれてしまった。この時を境に神岡町は、公共事業等が大幅な減退を示したことから地域の雇用環境が悪化し、市街地の中心部では町外への人口流出が続き、町全体の衰退が急速に進んだ。しかも、近年の少子高齢化の波及とも重なって65歳以上の人口が全体の3割を占めるなど、急速な町の人口減少化に歯止めがかからない状況を示しており、当今の神岡町の人口は9000人程にまで減少して過疎化が進行している。

神岡鉱山の採掘中止と神岡町の過疎化に時を同じくするように、神岡鉱山と共に在って約1世紀近い歴史を刻んできた神岡町を走る鉄道・第三セクター神岡鉄道神岡線が2006(平成18)年11月末に廃止となった。その歴史は古く、神岡鉱山産出の亜鉛鉱石輸送を目的に1910(明治43)年の馬車軌道に始まり、その後神岡軌道(762㎜・内燃動車)となって1922(大正11)年から1967(昭和42)年にかけて存在した。1966(昭和41)年10月には国鉄神岡線(客貨)が開業したが、国鉄末期において廃止対象路線として特定地方交通線に指定された同路線は1984(昭和59)年10月に第三セクター化されて神岡鉄道として発足し、猪谷駅(富山県富山市)~奥飛騨温泉口駅(岐阜県飛騨市)間(全長19.9km)で営業運転に就いていた。

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                     〈 廃止を間近に控えた神岡鉄道神岡線を行く気動車・2006.10 〉
 第三セクター神岡鉄道は、“奥飛騨の地下鉄”とも称されるほどにトンネルが線区のおよそ6割にも及ぶ山岳路線だったが、旧国鉄当時から富山県方面への通勤・通学や旅行者にとっての重要な交通手段だった。しかしながら、道路網の整備が進むと同時に訪れたマイカーブームや神岡鉱山採掘中止に伴う人口減少化に押されるように鉄道の利用者は大きく減少し、2004(平成16)年度には1日の平均利用者数が100人を下回る状況に至っていた。
 一方、神岡鉱山の亜鉛精錬の際に出る濃硫酸の輸送が神岡鉄道収入の7割以上を占めていた貨物輸送も、自動車道の整備でトラック輸送へと切り換えられ、2004年末を以て貨物輸送は休止した。こうした状況の下で、鉄道事業の運営を継続していくのは困難との判断から、2005(平成17)年11月に鉄道事業廃止届が国土交通省へ提出されて2006(平成18)年11月末の廃止が決まり、第三セクター神岡鉄道は同年12月1日に廃線(バス転換は行われなかった)となった。

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                     〈 初秋の谷深い奥飛騨で硫酸輸送に就く神岡鉄道の貨物列車 〉
廃止を間近に控えた神岡鉄道に関して飛騨市が、神岡町の過疎化が進行している中での施策として、廃線が決まった神岡鉄道を地域活性化の手段として観光路線化して活用・存続させる道を模索したい意向を表明して注目された。また、神岡鉱山の親会社である三井金属鉱業㈱も、廃線路線の存続を意向に軌道の無償譲渡を飛騨市に申し出ていた。しかし、その後の市長選を経て市長の交代など紆余曲折があって神岡鉄道の観光化存続への途は絶たれたが、今も富山県側へ通じるレール(軌道敷)は廃線当時のままに残されている。
 もともと鉱山の企業城下町として栄えてきた神岡町は、鉱山の採掘事業が停止されてしまったことから過疎化に陥っていた。そうした状況を少しでも食い止めようと神岡町では、同町観光協会の発案により「神岡町市街地活性化構想」を策定した。その構想を具体的に推進していく受け皿団体として「NPO法人神岡・町づくりネットワーク」が設立(2002(平成14).10)され、過疎化が進行している町の活性化を確実に向上させるため2012(平成24)年度を目標に地域の自然や歴史を活かした“まちづくり”に取り組むこととなった。そして、NPO法人神岡・町づくりネットワークが取り組んだ施策の一つが、100年近い歴史を有しながら廃線となった神岡鉄道を愛してきた人々の胸中に刻まれている記憶や想いを形あるものとして後世に伝えていくために、旧神岡鉄道の保存と存続を図りながら町づくりを進めていくというものであった。それが、今回の日本鉄道賞の特別賞受賞に輝いた、レールの上を自転車に乗って走ろうというレールマウンテンバイク・プロジェクトへの取り組みだった。
 神岡鉄道に対する鉄道協力会の役員を務め、30年余りにわたって同鉄道駅の清掃などのボランティアを続けてきた、神岡町観光協会の役員でもある地元で木工会社を経営する山口正一さん(64)は、豪雪で国道が何ヵ月も不通となった時でも一日たりとも休むことなく人や貨物を運んでいた神岡鉄道が、その廃線で無用となり野に晒されていこうとしている鉄路の行く末を思う度にやりきれない気持ちにさせられていた。何とか廃線となった線路を町のために再生・活用する道はないものか、観光協会役員として思案頻りだったという。そして、思いついたことが、鉄道としての復活が駄目ならレールに別の乗り物を走らせればいい…と。
 神岡鉄道は、自然が沿線を彩る路線だ。自転車ならその自然と一体になれる。人が集まるかも知れないと、山口さんは自分のアイディアを基に鉄工所を営む友人の協力を得て、レール上を走る自転車の試作と実験走行を繰り返した。廃線になった鉄路に自転車を走らせ、もう一度レールに命を吹き込み町の活性化につなげようというこの取り組みは、NPO法人神岡・町づくりネットワークの働きによって動き始めた。

レール上を走るレールマウンテンバイクでは、一般のサイクリングでは体験できないレールの継ぎ目を通過するときの“ガッタンゴットン”という振動が体感でき、すこぶる心地良い。その走行時の体感音から、自転車は「レールマウンテンバイク・ガッタンゴー」と名付けられた。

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                             〈 レールマウンテンバイク 〉
 2007(平成19)年4月にレールマウンテンバイク・ガッタンゴーは、旧神岡鉄道全線19.9kmのうち、旧奥飛騨温泉口駅から旧神岡鉱山前駅の間の2.9kmを往復して戻る形で本格的にデビューした。レールマウンテンバイクの種類も、人が漕いで走る普通の自転車タイプ(2人乗り)からチャイルドシート付きや観覧シート付き(3人乗り)、電動アシスト付き、ベンチシート付き(4~5人乗り)、原付バイクで引っ張るトロッコ式(3~8人乗り)など様々なタイプが用意されて提供されており、1回の利用(往復)料金は1000円からと小一時間の風を切って走るレール上の小旅行を楽しむことができる。現在の開催日は、水曜日を除く4月から11月の毎日となっている。2007年の開始当初より開催日数が増えたことに加え、話題が人気を呼んで利用者は増加の一途を示しており、昨年(2012)1年間の利用者は神岡町人口の2倍を超える2万413人を数えた。
 全国的にも他に類を見ない乗り物とあって、神岡町のユニークな取り組みに対してマスメディアの反応も鋭く、全国への周知度を高めている。そうした効果もあって開催日には、出発地点の旧奥飛騨温泉口駅周辺では多くの他府県ナンバー車の駐車光景が日常となっている。こうした情景を目にする神岡町の地域住民の間には、神岡鉱山の事業停止や神岡鉄道の廃止以来身も心も沈みがちであった生活に前に進もうという強い意識が生まれ、活力と自信が芽生えているという。

レールマウンテンバイクを走らせる他に、NPO法人神岡・町づくりネットワークでは、さらに廃線神岡鉄道の保存活動を深めて町おこしを進めていこうと、次のような啓蒙活動も続けている。
画像 全線にわたる線路周りの草刈り(沿線住民との協同で毎年実施)、関連講演会の実施、マクラギ交換会開催(全国募集の応募者とNPOによる交換体験会)、廃線路のウォーキング、旧神岡鉄道の客車と気動車の公開展示(車庫からホームへ移動展示)、稚アユの放流(漁協依頼の下、最寄り駅からレールマウンテンバイクとトロッコで稚アユを運び、鉄橋から放流)、東日本大震災復興工事支援にレールマウンテンバイクの貸し出し(三陸鉄道北リアス線復旧工事作業員の移動手段)等々の活動である。
 山々の緑が芽吹く5月下旬頃になると、レールマウンテンバイク・ガッタンゴーが走る線路沿いには真っ白いマーガレットが咲き誇り、辺り一面が雪を被ったかのように白く染まる。~よそから来てくれるお客さんにきれいなとこ見せんならんで…~ 線路脇に工場を持つ社長さんが、町を愛し、レールを残したい気持ちから種を蒔いたとう。昨秋、レールマウンテンバイク・ガッタンゴーの取り組みが国土交通省主催の日本鉄道賞で廃線鉄道から選出されるのは初めてという特別賞に選ばれた際の評論では、「レールを残したいという地域住民の深い思いが原点になった」とする評価があった。今回のNPO法人神岡・町づくりネットワークの取り組みに対する国からの受賞は、廃線となった鉄道を抱える全国の県や自治体にとっては廃線鉄道の再生・活用のモデルケースてして役立てられていくであろう。
 今年(2013)もまた、神岡町の町おこしに向けレールマウンテンバイク・ガッタンゴーは、残雪のある4月13日にスタートする。そのレールマウンテンバイク・ガッタンゴーたちは今、晴れの日本鉄道賞・特別賞受賞の余韻に浸りつつ、雪を被る駅舎内で静かにそのときを待つ…。 (終)JRガゼットと新聞記事を参照させていただいた.

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