シベリア鉄道貨物輸送の今に見る

昨秋(2011年)辺りから、日本の大手電機メーカーがシベリア鉄道(ロシア)を利用した海外生産工場向け部品の輸送に乗り出し、日本企業の部品供給輸送網(サプライチェーン)の流れが大きく変わるのではないかと見られている。その背景には、2011年3月の東日本大震災で輸送網の寸断を経験した日本メーカーの、輸送ルートに対する見直しの姿勢が伺える。災害や政変などで海外へのサプライチェーンが寸断された場合の代替輸送手段を如何に確保するかという課題や、コストと輸送便益のバランスに対する再考などから、日本メーカー各社が利用する海外輸送網の見直しを進めている証左でもあろう。
 アジアと欧州を結ぶ輸送ルートにおいて、経路としてスエズ運河を経由する海上輸送(航路)が一般的だが、ロシアの大地を東西に横断するシベリア鉄道を利用すれば海上輸送に比べ距離・時間がほぼ半分程度で済み、日本から欧州への生産部品輸送に時間的な面で大幅な短縮が期待できるメリットがある。ちなみに、日本からモスクワへの物流ルートを例にとれば、船舶による海上輸送では40日近くかかるのに対し、シベリア鉄道を利用(貨物は船舶で日本海を渡り、ナホトカ湾に面したボストーチヌイ港からシベリア鉄道を利用)することでおよそ20~25日と輸送時間は大幅に縮まる。

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 鉄道の総営業距離が約8万5000kmに及ぶロシアは、アメリカに次ぐ世界第2位の鉄道王国で、国内貨物輸送量全体の85%以上が鉄道によって担われている。その中でも大宗を担う、極東のウラジオストクから首都モスクワまでおよそ1万km(9297km)にわたってユーラシア大陸を東西に横断するシベリア鉄道は、約1世紀もの歴史を持ち、全線乗車日数が6泊7日もかかる世界最長の鉄道路線である。ちなみにロシアの鉄道は、線路の幅が世界の標準軌間(1435㎜)より広い1524㎜(広軌)を採用する。

画像  〈 ウラジオストク駅 〉
もともと日本企業とシベリア鉄道との関わりには、日本企業がほぼ100%の荷主だった1970年代からの長い利用実績があった。そのシベリア鉄道の貨物輸送量も、イラン・イラク戦争によるイラン向け特需に沸いた1980年代前半をピークに、戦争終結の特需の陰りなどから以後減少に転じていった。そして迎えた1991年暮れのソビエト連邦の崩壊で、政局の混乱からシベリア鉄道は運賃の高騰、輸送貨物の盗難・破損の日常化、列車運行の不安定・不定期化、輸送トラブルの頻発等により輸送環境の悪化を招き、信頼性を失墜させてしまった。そうした輸送に対する信頼が大きく揺らいでしまたシベリア鉄道から日本企業は、相次いで撤退を示しながら、大半が海上輸送ルートにシフトするという経緯をたどった。
 こうした状況の中でシベリア鉄道は長期の低迷に陥ったが、その後10年近くを経た、1990年代後半頃からロシア経済は国際的エネルギー価格の高騰を追い風に活気を取り戻し、ロシア政府の努力でシベリア鉄道には以前に況して安全・安定性を図った輸送環境(定時運行の確保、列車の警備・監視体制の強化、貨物追跡システムの導入など)が戻ってはきた。しかしながら、一度喪失した信頼とでも言おうか、日本企業側のシベリア鉄道に対する不信感は払拭しきれずに、同ルートの利用には二の足を踏む状況が続いていた。そうした背景もあって、1970~80年代に日本企業がシベリア鉄道の主体的ユーザーであったその座は、今では韓国(6割以上)や中国(3割以上)の企業が取って代わっている。
 しかも、2000年以降のロシアの政情安定でシベリア鉄道の輸送に安定性が戻っていながら、日本企業はわずかに4%台を示している状況に過ぎない。

2000年以降、多くの日本企業(自動車、電機、機械、商社、運輸、銀行など)が中国や中東欧諸国に進出して生産拠点を海外に移しているが、中でも輸出関連対象の7割り近くを自動車の完成車と関連部品が占めている。それら海外進出最大の課題が、輸送コストの削減にあるのは自明の理である。
画像                          〈 ウラジオストク港 〉
 シベリア鉄道を利用すると、一般的な海上輸送に比べ、コストは1.5倍~3倍程度嵩むといわれる。しかし、シベリア鉄道利用の利点は、その時間的速さにある。すなわち、40日前後を要する航路輸送にあっては、船舶上で輸送中の貨物が長期の“在庫品”化するのと同じ状態に置かれてしまう。それが、鉄道なら20日前後と、“在庫”状態を大きく改善できるのだ。また、輸送時間の短縮は同時に、市場の動きに合わせた生産品の変動にも素早く対処できる可能性が生まれる。
 トヨタや日産、スズキ、三菱の自動車会社もロシアでの現地生産を行っているが、各自動車会社にとっては何よりも物流輸送ルートの選定・確保が大きな共通課題なのである。その点、海上輸送より輸送時間を大幅に短縮できるシベリア鉄道の利用は、多様な面で利するところが多い。BMWも昨年(2011年)9月、ドイツから中国の生産工場向けにシベリア鉄道を利用した部品輸送を開始しており、欧州やアジアのメーカーもシベリア鉄道の利用を本格的に始めている。いずれの企業においても、輸送コスト削減(輸送時間)の観点からシベリア鉄道による輸送を試験的に、あるいは本格的に実施しようという方向に立ち向かう機運が顕著だ。

かつては、列車の慢性的な遅れや列車の振動(走行や連結作業)で輸送貨物に損傷を来すなど欠点の目立ったシベリア鉄道であったが、今では貨物輸送に欠かせない定時性・迅速性・安全性など求められるファクターが然るべきレベルに達しており、今のシベリア鉄道は旧来とは大きく変わっているという。しかも、「ブロックトレイン」と呼ばれる貨物特急の専用列車(目的地まで直通し、途中で貨車の解放・連結を行わない速達列車)を増やすなどロシア側が続けている輸送改善策で競争力も向上している。外資系の物流業者によれば、昨年(2011年)からシベリア鉄道について日本企業からの問い合わせが増えているという。

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 今、日本企業のサプライチェーンの流れを再び大きく変えようとしているシベリア鉄道は、かつて、1980年代のイラン・イラク戦争で海上輸送ルートが封鎖された時にシベリアの大地を越えて第3国への輸送の架け橋となったことがイメージされて“SLB”(シベリア・ランドブリッジ:シベリア鉄道を経由する輸送ルート)とも呼ばれた。そのシベリア鉄道を含むロシアの鉄道は今、2030年を目途にロシア全体の鉄道貨物輸送量を2007年比1.7倍の3兆3000億㌧/㌔に伸ばそうという、遠大な国家プロジェクトが2007年秋から動き出して只今進行中だ。 (終)

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