駅弁によせて

画像 右は、1969(昭和44)年3月21日の朝日新聞朝刊に掲載された、人気連載漫画「サザエさん」(作・長谷川町子)の一家が過ごす飛び石連休初日の様子である。
 連休とあっては、家事も休みにしようとサザエさんは、午前中に東京駅へ出掛けて家族全員分の駅弁とお茶を買った。料理する手間を省こうというサザエさんのしたたかな魂胆が、この4コマの場面から見て取れる。
 今でこそ駅弁は、駅や列車内だけでなく、デパートやスーパーなどでも買うことができ、自宅へ持ち帰って食べることも一般的になっている。この4コマ漫画を見た、“駅弁の女王”とも称される旅行ジャーナリストの小林しのぶさんは、当時の世相の中で「サザエさんは時代を先取りしていて、すごい」と驚嘆する。
 サザエさんが買った駅弁は、箱に紐が掛けられているところを見ると幕の内弁当らしく、お茶は土瓶入りのようだ。7つもの駅弁と土瓶茶を提げては、家まで持ち帰るのにさぞ重たい思いをしたのではないだろうか。でも、家事をサボれることができると思えば…とサザエさんの徹底ぶりが勝っていたであろう、疲れなど気にならなかったに違いない。

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 駅弁とくれば、その友はやはりお茶だと言えよう。しかし、駅弁に合わせて手に入るお茶も今では、缶入りやペットボトル、ポリエチレンの容器入りがほとんどで、土瓶入りのお茶が楽しめた当時を知る年輩者にとってはちょっと残念で物足りなさが先に立ってしまう、そんな今時の駅弁事情ではある。現在のような容器入りでは、お茶本来の香りや味わいが失われてしまいそうで、昔ながらの土瓶入りのお茶が妙に懐かしくなる今日この頃ではある。
画像 土瓶茶は、明治・大正・昭和にわたって駅弁の友として全国的に愛飲されてきたが、時代の流れとともに製作に手間のかかる土瓶は次第に敬遠されていった。そして残念なことに、1980(昭和55)年代頃から土瓶茶は次第に姿を消して行き、それに取って代わったのがポリエチレンやペットボトルの容器で、現在ではそれらが大勢を占める。

 サザエさんが東京駅で買った駅弁は、掛け紙の様子が定かでないが、前に述べたように箱が紐でくくられていることからおそらく“普通弁当”と呼ばれている幕の内弁当であったろう。駅弁の箱は、昭和40年代ではまだ経木が使われていたが、お茶と同様に近年では経費節減から大半はプラスチックや紙製品に代わっている。ちなみに、普通弁当と呼ばれている駅弁に対し、鯛めしや釜めし、蟹めしといったように特化した食材を使ったり、凝った容器を使用している駅弁は“特殊弁当”と呼ばれ、これまた人気が高い。
 それにしても、サザエさんは家族全員分として駅弁とお茶をそれぞれ7つ買ったが、駅弁にはお子さまランチ風のものがあるはずもなく、無用な心配だが小さなタラちゃんは食べきれたのだろうか…。多分、食べ盛りのカツオやワカメの、はたまたサザエさんのお腹の中に収まった分があるのではないだろうか…。
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 今や駅弁には、空港で売られる“空弁”やデパートの“デパ弁”まであり、百花繚乱気味だ。毎年の暮れに東京京王百貨店の新宿店で開催される“駅弁の甲子園”と異名を持つ「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」は、回を重ねる毎に絶大な人気を博している。
 駅弁は、何故にこんなに人気があるのだろうか。先の小林さんは、いみじくも「駅弁は日本が世界に誇る食文化」だと言う。食に通じた職人が技を極め、前菜からデザートまでを小さな箱に盆栽のように華麗に詰め込んだ駅弁は、“アート”だとも言う。また、時刻表のグラビアに「駅弁細見」として駅弁の取材・執筆を長く続けている執筆家の塩入志津子さんは、駅弁の掛け紙にかかる紐を一度解いてしまうと、絶対に元のようには結べないと言う。熟練した職人が、その時の一番良い力加減で心を込め結んであるので、再現は難しく、できないのだと言う。“たかが紐、されど…”ではないが、紐を掛ける職人の技や気持ちが駅弁の最後の仕上げに注がれているのだ。すなわち駅弁は、古来からの日本の素晴らしい食文化を表した、伝統美の一つなのである。
 世はスピードの時代、その中にあって駅弁が今も健在なのは、列車で行く旅情が昔も今も変わらない証であろう。
(終)

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