久留里線慕情

画像 東京湾沿いの木更津から千葉県内陸部の山間地へ向かうJR久留里線、その路線で1912(大正元年)年12月28日の開業時から約1世紀にわたって使用されてきた運転保安装置のタブレット閉塞式が2012年3月16日に廃止され、同17日(ダイヤ改正)から新しい保安システムの「特殊自動閉そく式(軌道回路検知式)」へ移行した。JR東日本の千葉支社によれば、廃止への理由にタブレット装置・設備の老朽化、交換部品の補給難、非効率性などを挙げている。この久留里線での廃止により、JR東日本管内におけるタブレット閉塞式の使用線区は現在、JR只見線(地方交通線)の一部区間に残るのみとなった。
 JR久留里線は、地方交通線ながら2009(平成21)年3月14日に東京近郊区間に指定された、木更津(千葉県木更津市)~上総亀山(同君津市)間32.2kmを結ぶ全線非電化単線の路線(起点のJR内房線木更津駅を除く所属駅数13)である。現在、列車の運行は1時間に1本ほどの閑散線区で、列車の行き違い交換可能駅は横田駅(千葉県袖ヶ浦市、木更津起点9.3km)と久留里駅(同君津市、同起点22.6km)の2駅で、通常は2両の短い編成ながら全列車に車掌が乗務する。
 今回のJR久留里線のタブレット閉塞式廃止に因み、列車交換駅の一つ横田駅で、15年前に定年退職を迎え、長い鉄道員人生を終えたひとりの駅助役さんを通して綴られたかつての横田駅におけるある1日の情景を、某鉄道関連雑誌に掲載された文面から要約してお届けしてみたい。

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画像 列車の到着が迫る。ふと、傍らの時計を見上げ時刻を確かめた。タブレット閉塞機に置かれたキァリヤを手にして、いつものようにタブレットの重さを感じ取ると、キァリヤの輪をしっかり肩に掛けホームに出る。
 タブレットを再度確認し、直立不動で正対し列車の到着を迎えた。所定位置に停車した列車の乗務員から、窓越しに受け取ったタブレットを確認すると、「ご苦労さん!」…と次駅へのタブレットをしっかりと授ける。腕時計に目を遣る。発車時間だ。緑色旗を大きく左右に振り、車掌へ出発の合図を送る。顔馴染みの同僚がマスコンを握る下り列車が、ホームから遠ざかるのを見届け、その最後部へ安全を願って指差確認を送る。無事に列車を出発させ終え、安堵を胸に事務室に戻ってタブレットを閉塞機に戻し、閉塞の解除を行う。
 「次の列車は当駅で交換するので、閉塞の作業はありません(タブレットの折り返し使用)。その代わり、タブレットを持ってホームを上り列車から下り列車へ、また上り列車へと走るんだ。木更津で内房線の列車に接続しているから、遅らせてしまうと大変なんだ。それが終われば、やっと昼飯だよ。勿論、弁当持参だよ」…と笑うのは、JR久留里線横田駅勤務のS助役である。

 「はい! 934D閉そく願います」。S助役は、相手駅との連絡打ち合わせが済むと受話器を置き、厳しい眼差しで赤いタブレット閉塞機に向かい確かな、しかも流れるような手順で閉そく作業を開始する。隣接相手駅との間で、阿吽の呼吸を諮って行われる協同の閉そく作業だ。
 …「チンチン!」…、電鈴の金属音が鳴り響いて閉そく作業が進み、閉そくの証・タブレットが閉塞機から取り出される。焦げ茶色の年季の入った革製キァリヤにタブレットが収められ、列車を迎える準備が整う。そしてS助役は、おもむろに列車の到着を待つのだ。
 常に人の手を必要とし、人の一挙手一投足がそのまま機械に反映する旧い保安方式だが、遠く明治の昔から鉄道の安全をしっかり支え継いできたタブレット閉塞式ではある。隣接相手駅同士の人と人がタブレット閉塞機を介し、一体感を享受することで初めて列車運転の安全が守られる。そんな古色蒼然としたシステムではあるけれど、現在に至るまで使われ続けて来なかったならば、房総半島の内陸に位置する木更津寄りの小さな交換駅(横田駅)は駅員無配置の駅になっていたかも知れない。

 「久留里ですか? まだ時間があるんで中で休んで下さい。今月の2日からダイヤが変わったんです。これは新しい時刻表ですからね、使ってください」…。運転業務に臨み、厳しさを秘めていたS助役の表情が、束の間穏やかな笑顔に戻る瞬間だ。列車の来る時間に戸惑うお年寄りも、ほっとして安堵の表情を見せる。
 S助役の勤務は、午前9時から翌日の同時刻までの24時間だ。列車運転の取扱いにはじまり、窓口案内、切符の発売、掃除などの雑用まで駅に係わる一切の業務をたった一人でこなす。間もなく新しい世紀が始まろうとする、ある日の寒さも増しつつある師走(1999年)が迫った小駅の情景だ。

画像 今日もまた横田駅では、タブレット閉塞機から電鈴の金属音が鳴り響く。人の手を介することで、初めて列車運転の保安が保たれるように機能する機械。S助役は今日も、いつもと変わらぬ真剣な面持ちでタブレット閉塞機を確実に操作し、運行の安全を守り続ける。明日も…。しかし、この日がS助役にとっては、36年に及ぶ鉄道員人生最後の日だったのだ。
 S助役は、オリンピック東京大会の輸送に備え東海道新幹線の工事に総力が結集されていた年の1963(昭和38)年に国鉄に奉職し、国鉄・JRを通し木更津、両国、津田沼など千葉県内の駅業務を歴任してきた。そして、最後の職場となったのが、再び戻ることになった故郷の久留里線であった。駅務一筋の鉄道員人生、ついに無事にその責務を全うする日が来たのだ。
 「最後まできっちり定時で出さないとね。最後まできっちり見送らないと…」。国鉄に、JRにと、長かった鉄道員生活にも今日でお別れである。来し方に想いを巡らす間もなく、傍らのタブレット閉塞機の電鈴が呼び掛けてきた。対峙するS助役の眼差しが、このとき一際輝きを放つ。
 さあ! また列車が到着する。しっかりとタブレットを肩に掛け、ホームへと向かうS助役の後ろ姿に、重責を背負ってきた鉄道員の背中が頼もしく映える。 

                      

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画像 JR久留里線で長い間、列車運行の安全を守ってきたタブレット閉塞式。そしてまた、古色然とした趣ながら、人の手によって直接列車運転の安全を目に見える形でつくり出してきたタブレット閉塞式。そこには何時も、S助役の如き実直な鉄道員魂が在った。
 しかしながら、時の趨勢の中で現在、無線を利用した近代的な列車制御システムが導入される時代とあっては、旧いタブレット閉塞式が終焉への道を歩むのは止むを得ないことであろう。やがては、久留里線のタブレット授受の光景も、過去に数多の鉄道路線が踏んできた一抹の未練と同様に、記憶の彼方へと消えていくことであろう。
・・・ JRを定年退職して15年、横田駅で助役を務めていたSさんは、今、最後の職場となった故郷の久留里線にどんな思いを寄せているのだろうか ・・・ (終)

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