鉄道の情景に寄せる“声” ( その2 )

 私たちの日常生活に、1日足りとも欠くことのできない鉄道。今では、都心部のターミナル駅ともなれば単に人々が行き交う交通インフラとしての立地枠を超えて、商業施設や公共機関等の諸機能を備え、もはや駅自体が地域経済の中心になっているといっても過言ではないほどにその求心力は大きく、周辺地域や沿線居住者等の生活環境に多大な利便性をもたらしている。
 
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 一方で、地方の鉄道路線などでは、沿線の過疎化や少子化といった人口動態の変化に加え、道路網の整備とあいまったモータリゼーションの進展で、鉄道離れに拍車がかかっている。
 そうした両極面を示す鉄道の現状でもあるが、公共交通機関として全国に路線網を擁していることによる利便性から日々多くの人々が鉄道に集中していることも事実で、そこには日夜を分かずに紡ぎ出されているさまざまな人生模様がある。そうした鉄道を介した、日常・非日常の営みの下で人々が感じたり、出会ったり、体験したりと、その情景等を綴って新聞の読者投稿欄に寄せた“声”をひもといてみる。


・・ 高速道路利用だけが交通政策か ・・ (フリーライター 男性47歳)
画像 国土交通省が6月(注・2010年)から実施する、高速道路の新たな料金制度を発表した。平日、休日を問わず、普通車は上限2千円、軽自動車は同1千円になる。これに対して、「公約(原則無料化)違反だ」などという批判が出ているが、そういう問題なのだろうか。
 マイカーは乗車人員が少ない。定員が5人でも、実際に乗っているのはドライバーだけという車も多い。それを高速道路で、数百?も走らせるのは非効率的だ。鉄道なら数百人、バスなら数十人が一度に移動できる。
 高齢化社会を見据えると、公共交通機関の維持は重要だ。地方は車社会が行き過ぎ、赤字のバス路線が多い。事業者は、高速バスの収益で赤字路線を維持している。高速道路のマイカーに、高速バスの客が奪われれば、赤字路線は廃止せざるを得ない。
 しかし、国土交通省と民主党は高速道路の利用ばかりに目を向け、移動困難な交通弱者をくじく政策を進める。エネルギーの無駄使いまでも、加速させている。鉄道やバスを含めた、総合的な交通政策はどうするのか。公共交通機関の将来をどうイメージしているのか、見解を明らかにすべきだ。

・・JR西・井手氏は遺族に謝罪を ・・ (会社員 男性62歳)
 多くの死傷者を出したJR宝塚線(福知山線)脱線事故(注・2005.4.25)から5年がたったが、ご遺族のいたたまれない無念さをお察しします。
画像 そんな中、事故の2ヵ月後に退任するまで社長、会長、相談役を務めた井手正敬氏は、これまで慰霊式や被害者説明会に出席していないという。会社幹部の再三にわたる出席要請もかたくなに拒み続ける徹底ぶりで、4月25日(注・2010年)に行われたJR西日本主催の「福知山線列車事故追悼慰霊式」にも欠席、佐々木隆之社長が“参列を幾度も要請したのに大変残念だ”と、述べたほどだ。
 このような態度は遺族の感情を逆なでし、事故への不信感をいっそう募らせる結果となっている。世間の常識では、事故を起こせばまず相手にわびるのが、基本ではないのか。なぜ、井手氏はそれが出来ないのだろうか。
 井手氏ら3人の元社長は、検察審査会の起訴議決を受けて強制起訴された。井手氏らが安全をどう考えていたのかなど、裁判で核心の解明を期待したいが、それよりまず井手氏には「遺族の前に顔を出し謝罪するのが何よりも先ではないですか」と、言いたい。

・・ 車中で思い出した中国の素顔 ・・ (会社員 男性48歳)
 女子高生と思われる3人が優先席を占領し、大声でしゃべっていました。近くに高齢の乗客がいるのに、席を譲るそぶりも見せません。また、誰一人、彼らに注意しません。通勤電車の中で目にした光景です。
 その様子を見て、1ヵ月余り中国の地方都市へ出張した8年前の体験を思い出しました。休日に、市バスに乗って観光名所の寺へ向かいました。バスに乗るとき、誰も並ばないばかりか、降車する人を押し退けて、われ先に乗ろうとします。ピーナツを食べ、窓から殻を捨てる人もいます。中国人はマナーが悪い、と思いました。
 車中で座っていると、近くの乗客に肩をたたかれました。お年寄りが立っているので、席を譲ってくれというのです。周りを見ると、座っているのは高齢者ばかりです。つい先ほどまで、中国人の態度に偏見を抱いた自分が恥ずかしくなりました。
 表面的にマナーが悪いように思えても、高齢者を気遣う慣行が定着している中国社会。一見豊かだが、高齢者を立たせて居眠りを決め込む日本の乗客たちとの対照を思いました。

・・ 「おっぱい出勤」弱者の苦労実感 ・・ (薬剤師 女性55歳)
 娘が育児休暇を終え、4月(注・2010年)から仕事に復帰した。生後11ヵ月の孫は、卵と乳製品のアレルギーがある。離乳食がなかなか進まず、卒乳できないまま復帰。いきなり、母親とおっぱいから引き離された形の孫の気持はいかばかりかと案じ、卒乳するまでしばらくの間、預かることにした。
 でも、午後2時ごろになると、どうしてもおっぱいが欲しくなる。大阪の娘の職場まで、おっぱいを飲ませに行く。定期券を買っての「おっぱい出勤」(注・奈良県橿原市から)が始まった。おむつバッグを持ち、ベビーカーを押して、毎日電車で通って感じるのは、エレベーターがなんと遠い場所にあるのかということ。
 赤ちゃん連れや車いすの方、足の悪い方は、エレベーターまで行くだけで一苦労だ。階段しかない駅は最悪。また、エレベーターがあってもホームの端から端まで歩く駅もあってかなりしんどく、本当に苦労の連続だ。今までは、何とも思わず利用していた駅だが、子守りを通して弱者にまだまだ配慮が足りないと思うようになった。
 せめて、すべての駅にエレベーターを設置し、弱者に優しい社会になってほしい。

・・ やはり「はつかり」がよかった ・・ (会社員 女性50歳)
 来春(注・2011年3月~)から東北新幹線の東京~新青森間を走る最速列車(注・最高速度300km/hの営業運転を開始するE5系新幹線列車)の名称(注・愛称)が、このほど(注・2010.5.11)「はやぶさ」に決まりました。しかし、一般公募した愛称の1位は「はつかり」(注・応募総数15万372件中「はやぶさ」は3129件の第7位)だったそうです。この結果には、私も深くうなずけるものがあります。
 東北線を代表する特急として長く上野と青森を結び、夜行列車で出稼ぎや集団就職に出た人々を、ご褒美のように帰りの列車に乗せて走ったこともあったのではと、その雄姿を思い起こします。「はつかり」に、我が人生を重ねる人がどれだけいることでしょう。私も20代前半、大好きな北海道へ行くときには、青森まで列車に乗り、青函連絡船で渡ったものです。

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 JRは、スピード感を重視して「はやぶさ」に決定したとありますが、「雁」には空を渡る力強さと忍耐力があります。それはもう、時代遅れの価値観なのでしょうか。
 幼いころ、4年ほど仙台で過ごしましたが、東北人はとても情けが深かったと、今でも母から聞かされます。そうした東北の風土や文化、人々の気質を「はつかり」はとてもよく表していると思います。なんとか復活してもらえないかなあ、と思うのは感傷的に過ぎるでしょうか。

・・ 駅トイレ 子どもに使いやすく ・・ (通訳案内士 女性38歳)
 「今日、駅でウンチできたよ」。6歳の息子は家に着くなり、誇らしげに報告した。4月から始めた電車通学。下校途中に初めて、最寄りのJR駅のトイレを一人で利用できたのだ。
 電車通学をさせるだけでも、不安は絶えない。加えて、登下校時のトイレに関する心配も、幼い子を持つ親ならではだろう。駅のトイレに入るとき、大人だって一瞬身構えてしまう。幼い子ならなおさらだ。実際、家まで我慢して、玄関先でもらしてしまったこともある。初めて駅のトイレを使えたことで、子どもの成長を感じ、うれしかった。
 ところで、あの大きなランドセルはどうしたのだろう。「床に置いたよ」。こともなげに答える息子に、言葉を失った。考えてみれば、そうするしかなかったのだろう。荷物用のフックはドアのかなり高い位置に付いている。でも、駅のトイレは子どもからお年寄りまで利用する。みんなが使いやすい場所にしてほしい、と切に願う。
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・・ 駅ホームでの携帯電話 ご注意を ・・ (会社員 男性62歳)
 JR駅のホームで、携帯電話の操作をしていた女性が電車にはねられ、亡くなった事故を本紙(注・2010.5.19の朝日新聞記事)で知りました。携帯電話に熱中するあまり大切な命を失うとは、あまりに切なく、悲しく思います。
 正直、何時かこのような事故が起きるのではないか、と思っていました。私は、私鉄とJRを乗り継いで、横浜から東京へ通勤しています。駅の階段を上り下りするとき、携帯電話の画面を見ながら、あるいは操作しながら歩いている人を何人も見受けます。よく、階段を踏み外さないものだと感心しますが、そのせいで、乗降客の足並みが滞っても、お構いなし。我が道を行く、といった態度です。でも、人は一度にそういくつものことはできません。歩くときは歩行に集中し、周囲に注意を払いましょう。
 先日、私鉄駅で、降車客が携帯電話を扱いながら電車の脇を歩いていたため、発車できない事態を目にしました。優先席付近で携帯電話の電源を切る要請に加え、歩きながら操作しないよう、車内アナウンスで呼びかけたらどうでしょう。 ( 参考・公開ブログ「鉄道と携帯電話…雑感」)

・・ 夕暮れ時電車 心和む小さな交流 ・・ (アルバイト 女性27歳) 
 先日、電車内でこんな出来事があった。乗り込んできた若いサラリーマン風の男性のカバンがドアに挟まり、抜けなくなってしまった。傍若無人な駆け込み乗車ではなく、大きなカバンが挟まったのだ。
 必死に、カバンを抜き取ろうとする男性。すぐ脇で、小学生の男の子二人が目前の光景にびっくりしながらも、小さな体でドアをこじ開けるのを手伝った。ドアは開き、事なきを得たが、子どもたちは興奮気味に話ながら、同じくドア近くに立つ男性をチラチラと振り返る。男性は、既に何事もなかったように携帯ゲームに興じている。…あれれ? 男性の右手の親指だけが伸び、ポーズを作っているように見えた。子どもたちは、真っ先にそれに気付いたらしい。
 二人でうれしそうに笑い、1人が男性に向け高々と親指を立てるポーズ。すると男性も、今度ははっきりと親指を立てるポーズを返したのだ。顔は相変わらず携帯ゲームに向けたままだが、その表情は「手伝ってくれてありがとう。でも、たいしたことじゃないから大丈夫」…とでも言いたげ。
 夕暮れ時の電車内の小さな交流。心が温まる光景に、私も幸せな気持ちになった。

現在、地方民鉄の輸送人員は減少傾向にあるものの、1日170万人・年間延べ6億人を超える利用がある。その地方民鉄は、通勤・通学・通院・買い物にと地域の人たちの日常生活を支え、かつ社会生活を営むうえで欠くことのできない、地方にとって重要な公共交通機関の一つだ。当然に、地域の鉄道が廃止されるとなれば、日常生活に関わる移動の足が奪われるだけでなく、駅前商店街の衰退化や人的交流が途切れるなど、生活環境の変転は避けられない。また、地図の上から路線が消えれば、観光に関わる人々の往来も滞り、地域の活性化が損なわれてしまう懸念も大きい。 その地方の重要な公共交通機関である、地方民鉄の維持・活性化に向け取組を続けているのが(社)日本民営鉄道協会である。安全運輸を確保し、輸送サービスの向上等を促進することにより、鉄道事業および軌道事業の健全な発達を図り、国民経済の発展に寄与することをその目的とした法人団体である。現在(2009年度)、大手私鉄16社を含む72社の地方民鉄を会員に擁しているが、うち56社(地方旅客鉄道42社・大都市高速鉄道7社・路面電車5社・観光鉄道1社・貨物鉄道1社)が中小の地方民鉄である。

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 しかし、地域・地方における公共の足として重要な役割を担い続け、その責務を果たしてきた鉄道でありながら、高度経済成長の過程で急速に伸展を示したモータリゼーションの下で利用者を大きく減らしていった地方民鉄、存続への努力も虚しく廃止への途を辿らざるを得なくなって全国で消えていった鉄路は多い。そして、消えた鉄路の歴史とともに、そこで営々と育まれてきたであろう人々の生活や情景も思い出の彼方へと消えていった。 
 (終)

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