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zoom RSS されど つり手(革)

<<   作成日時 : 2008/04/13 16:17   >>

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つり手(つり革)・・・初めて手が届くようになってつま先立って掴まっていた少し得意気だったあの頃、親に叱られながらも揺れる車内でぶら下がって遊んだ想い出、あのマ〜ルイ白い輪が欲しくてほしくてたまらないのを我慢して母親と一緒に乗っていた電車…などなど、幼かった頃の思い出は誰にでもあるのではないだろうか。

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 さて、そのつり手についてだが、優先席付近のつり手がオレンジ色に変わっている車両を、最近よく見かけはしないだろうか。これは、優先席付近のつり手を従来の白色からオレンジ色に変えることで、窓張り用の優先席ステッカーに況してその位置(場所)をより視覚的に分かりやすくして、利用の便に供することを図っているらしい。同時に、車内を席捲する携帯電話のマナーに関して従来から何かと云々されている中で、優先席付近での電源切断について車内放送などの呼びかけの効果が上がっていないことから、電源を切るエリアであることを明確にするためでもあるという。
 すなわち、優先席の周りを囲むようにオレンジ色のつり手を配置することで、“優先席空間”(弱者を守るディフェンスゾーン)を立体的につくり出すのが狙いといえる。

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言わずもがなであるが、電車や路線バスなどで、立っている乗客が掴まるために吊してある“輪”を「つり手」という。とは言っても、“つり革”と呼ぶことの方が一般的には多く、つり革の方が通りがよいかも知れない。
 昔から牛革製の帯で輪を吊していたことから「つり革」と呼ばれてきたが、終戦(太平洋戦争)後の物資不足で代用の粗悪品が使われた時代を経て、昭和30年代辺りから塩化ビニール製の帯で吊すようになってから“革”との縁が切れ、つり手と呼ぶようになったといわれている。
 天井から吊り下がる白い輪がずらりと並ぶ車内の情景は、鉄道車両では明治中期以降から見られ、バスでは大型化が始まった終戦後の昭和20年代から(それ以前は現在でも使われている天井の掴みパイプであった)見られるようになった。
 もともとつり手の元祖はアメリカで、19世紀末にニューヨーク地下鉄の電車に「リコ式」(バネで斜め上に跳ね上げた握り部分を手前に引き寄せて使い、手を離せば自動的に元へ戻る)という鋼鉄製のものが使われたらしい。日本でもこの式のつり手は、1927(昭和2)年開業の日本初の地下鉄(東京地下鉄道、現・東京地下鉄銀座線)で採用され、戦後になって国電(当時)や都電の一部にも試用された。ただこの方式は、常に跳ね上げておくため車内の空間を広く取ることができた反面、乗客によっては手が届かないこともあって垂直の近い傾斜角度に設置して窓側へ押す方式に改められもしたが、手を離したときに頭を打つケースが多発したことで、やがてつり革に交換された。

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つり手にも、かつて受難の一時期があった。終戦直後の混乱期に、戦災による鉄道の疲弊から運行の少なくなった列車に殺到した乗客でつり手も千切れたり、物資不足もあって牛革そのものが貴重な存在で、盗難にあったりもした。そのため、牛革や吊り輪の補充もままならなかった時代であっただけに、麻の帯を“ラケット”形に結んで垂らしたり、竹筒やスリコギ状の棒をぶら下げた電車もあったという。それらより少しましだったのが、当時比較的に入手が容易かったジュラルミンを加工したつり革ならぬ“つり鉄”だったが、手触りが悪い上に暑いときにはベトベトして感触はいまひとつどころではなかったらしい。
 つり手の帯に革が使われなくなっても、今なお“つり革”と呼ばれているのは、あたかもコンクリートマクラギ(PCマクラギ)が“枕木”と呼ばれているのに似ている。ちなみにもともと木製だったマクラギに、コンクリートや合成材といった素材が使われている現在では、呼ぶときにはよいとしても、書く(読む)場合に“枕木”では最早“木”製品ではないため違和感があるということで、現在では“マクラギ”(“まくらぎ”)と書くのが慣例のようである。これは、つり手についても言えることだが、“枕木”のような問題は発生せず、何のためらいもなく“つり革”がそのまま今も使われている。

普段、何気なく使っているつり手だが、つり革として使われ始めた頃から、吊り輪の高さや吊り帯の長さをどの程度にするか、吊り輪の向きは線路方向と枕木方向のどちらが掴みやすいとか、といった研究が行われてきた。
 人間工学的につり手の改良が進んだのは、昭和30年代に入ってからだとされている。吊り帯が牛革から塩化ビニール製に変わった頃から、国電をはじめ関東の私鉄では、ラッシュ時の将棋倒し防止対策として吊り帯の長さを短くして、吊り輪の位置を高くした。一方、関西では掴みやすさが優先されたようで、関東とは反対に吊り帯は長く吊り輪の位置が低い戦前からの方式が守られ、東西のこの違いは今も受け継がれているようだ。
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 ところで、従来型の「○型」のほかに、握り部分の形状(色も含めて)を「△型」としたつり手を、あちこちの路線で見かけるようになった。つり手の歴史は詳らかではないが、当初は輪にした革帯を単にぶら下げただけのものだったらしく、その後、“水滴”型の握り部分を持った籐製が登場し、この形が原型となって現在に至る○型や△型が生まれたようだ。
 ○型は、弧状に握るため両端の指ほど上がり気味となり、手が締め付けられる感触を覚える。一方△型は、握る部分が水平のため手に馴染んで、握りやすい。従来は、ほとんどが○型であったが、今では握りやすいこともあって、新型車両の導入や更新時期に合わせて△型が採用されるケースが増えている。ちなみに、40年以上も前から△型を採り入れている東京地下鉄(東京メトロ)では、9割以上の車両が△型である。
 ところが、逆に△型を○型に変えて、元へ戻した私鉄もある。理由は、壊れにくいからというもの。△型は、握り部分と吊す部分との接続部(固定部分が鋭角)に力が集中して、吊す部分に亀裂などが発生しやすいからだという。
 また、○型は握る部分の輪を吊す部分の間に通しているだけなので、輪そのものを回すことができるため、前に人が触れていた部分を避けて握ることができるといった、強度の面ばかりでなく、感覚的にも清潔感が得られるとして好評とのことであるらしい。

この○型と△型との使い勝手について、車内設備を研究している鉄道総研人間科学研究部では、次のような推断をしている。人間工学的には△型の方が握りやすいが、握り部分に手首まで通したり、両手で周りを握ったりする人もいれば、疲れてもたれかかる人、指先だけで触れている人など、人それぞれの気分を映し出すようなさまざまな使われ方(握り方)をしているので一概にはどちらともいえず、○型・△型とも甲乙付け難いとしている。
 ただ、○型と△型とでは握り部分と吊す部分をつなぐ構造が違うため、ぶら下がっている握り部分の向きが異なっている。○型は、通常は線路に平行(レール方向)にぶら下がっているケースが多い一方、△型は、線路に直角(マクラギ方向)にぶら下がっているため、身体の内側を向いている手のひらをそのまま上に伸ばせば握れるので、敢えていえば(好みは別として)比較的に握りやいすのは△型であるらしい。

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 そのつり手も、本来の掴まることのほかに、いろいろな目的の使われ方もしている。前述の優先席を視覚的に分かりやすくすることもそうだが、近年ではどの鉄道会社も吊り帯の部分を利用して、広告の掲出やイベント案内の掲出などに有効活用している。また、ある私鉄では、相互直通乗り入れ列車の行き先が2方面に分かれている(途中駅で分割)ため、誤乗の防止も兼ねて行き先別を明確にする意味で、車両の行き先別編成ごとにつり手の輪の色を変えて情報伝達の手段としている例もある。

普段はさりげなく映る車内風景のつり手だか、かつて鉄道総研がサバイバル・ファクター(生死を分ける要因)に関連した乗客の安全性について、列車の衝突事故が起きた場合に車内で衝撃を受けた乗客にどのような危険が及ぶのか、安全対策をテーマに実施した研究結果がある。それによると、横一列の通勤形車両の座席(ロングシート)をモデルとして行った衝突実験(自動車のテスト用ダミー人形による)では、立っている乗客はつり手に掴まっているだけで頭部は38%、胸部は13%ほど、衝突時の衝撃が軽くなるという結果が出ている。

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 まだ記憶に新しいJR宝塚線(福知山線)の電車脱線事故(2005.4.25:死者107人・重軽傷者550人余り)では、助かった乗客の生死を分けた要因の一つにつり手の存在が挙げられた。
 同事故に遭われた多くの乗客の証言から、つり手や手すりの存在が被害の軽減に役立っていた実態が明らかにされたのだ。助かった乗客からは、偶然の要素を指摘する人もいたが、“後方から床を滑ってきた乗客に足をすくわれたが、つり手を握って飛ばされるのに耐えた”という声も聞かれたほどに、つり手などに掴まっていた乗客の多くはそこを支点に足元を振られて飛ばされた可能性が高いと見られた。そして、助かった乗客のうちには、つり手などに掴まっていたことで頭など身体の枢要部への致命傷を回避でき、生還につながったとも見られている。
 ちなみに当該脱線事故を管轄した兵庫県警の調べでは、犠牲者の死因のうち頭部・頸部の損傷がほぼ半分で、次いで胸部・腹部の損傷が約2割だった。

ラッシュ時の安全対策において、つり手などの増設を積極的に進めている首都圏の鉄道各社に比べ、比較的混雑率の低い関西圏ではつり手の数は少ない。ちなみに脱線事故を起こした前述のJR西日本の電車(207系)では1車両128本、これに対しJR東日本の山手線の電車(E231系)は同138本である。また、朝のラッシュ時に座席が畳まれる6ドア車両に至っては、何と172本ものつり手がぶら下がる。
画像 万一、急ブレーキがかかったときでも乗客の転倒を防ぐため鉄道各社では、乗客が車内の何処に立っていても掴まれるよう、通路をはじめ乗降口付近につり手や手すりなどを増設する方向を示している。そして、乗客がさまざまな方向から引き寄せて使えるつり手は、「動く支持具」とも呼ばれて車内混雑率の高い日本の都市圏では、殊に話題化されることもなく毎日大活躍している。また、車内の周りにもすっかり同化して、乗客の目にはほとんど関心も引かれずに、天井から吊り下がるつり手。されどつり手は、単なる支持具ではない。
 「急停車します! 急停車します! お近くのつり革や手すりにおつかまり下さい…」、突然の車内アナウンスに唯々握り掴まるだけのものではないつり手は、まさに生死を分ける「命綱」でもあるのだ。
 ところで、普段、あまり気にも留めないつり手だが、乗車の折りにとくと観察してみるのも、思わぬ発見につながったり、幼かりし頃を懐かしく思い出したりと、車中での過ごし方の一助にもなるのでは…。 (終)
 

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