孤独に耐えて 一人乗務への経緯

道貨物輸送の太宗を担うJR貨物では現在、1日約620本の貨物列車が約21万6000㎞に及ぶ距離を走っているが、その大半は深夜帯の鉄路を走るため、貨物列車の運転士(国鉄当時の職名は“機関士”)にとっては夜間勤務が主体となる。その貨物輸送に全国で多くの運転士たちが日夜を問わずの運転業務に奮闘している。特に、深夜帯の孤独なロングランは、貨物列車の運転士にとって避けては通れない仕事だ。

画像

 日本で一社体制のJR貨物は、全国輸送にあたっては旅客鉄道会社の線路を借りて走る(第二種鉄道事業者)ため、終列車後の時間帯ともなれば駅構内の灯りはほとんどが落とされ、沿線も深く寝静まる。そんな暗闇を裂くようにして100km/hを超える高速で突き進む貨物列車の運転台で、ただ独りで乗務している運転士の孤独感は一層募るばかりだ。
 車掌や列車掛の乗務が廃止されて久しい貨物列車は、ほとんどの場合が完全な「ワンマン運転」である。

画像夜の貨物列車で、人身事故などの異常事態が発生すると、ワンマン運転ともなればそれこそひと騒動である。駅構内であれば駅係員の手を借りる術もあるが、駅間にあってはそうはいかない。すべて1人で対処する羽目になる。
 列車の転動防止、列車指令との無線連絡、列車防護、そして現場の調査・処置などをこなさなければならない。しかも、事故現場が後方(ほとんどの場合が列車の後方)ともなれば、暗く足場の悪い中を懐中電灯頼りに500㍍以上も走らなければならない。電車であれば、車掌と協力・分担して処置にもあたれるが、一人乗務の身では全てが自分頼りである。
 また、災害など(地震、大雨、崖崩れなどなど)のために駅間で抑止(運転停止)がかかれば、悲惨な目に遭うのは必至だ。付近に民家などがないようなところでは、それこそ孤独感に輪がかかる。山間部ともなれば、暗い山々に囲まれて時間的保証もなく、機関車の中に閉じ込められることになる。しかも、むやみに列車を離れることができない(注視の義務)ため、機関車の中で独りひたすら無言で、指令からの運転再開の指示をじっと待つしかない。
 それが長時間ともなれば、飲食にもありつけず、トイレもない、それこそ惨めな状況に置かれる。こんなときほど、周囲の物音にも怯えつつ、暗闇に長蛇の如くに連なる明かり一つ灯らない貨車の列を前にして、屈強な運転士でさえ恐怖心に襲われる瞬間があるという。まさに、孤独との闘いだ。
 勿論、深夜帯の運転では、人間の体内時計に逆らうかたちで仕事(運転)にあたることになるので、“眠気”はつきものだ。この眠気とも闘わなければならず、孤独感同様に一人乗務の運転士にとっては自分自身との闘いであり、自己管理との闘いなのである。

画像

つての貨物列車は、機関士と機関助士による二人乗務の運転で、ほかに車掌(列車掛)も乗務する複数人による乗務が基本であった。それが、機関士の一人乗務という合理化策採用に至ったことは、国鉄の近代化にとって画期的な出来事であった。その一人乗務から40年になろうとしている今、一人乗務採用の背景・経緯について要約してみる。
 国民に一層の豊かな暮らしをもたらした1960年代前後の高度経済成長は、消費の多様化・高級化(消費ブーム)を推し進めた。こうした経済繁栄の下、東名高速道路の完成で本格的なハイウェイ時代を迎え、道路網の整備と相まってモータリゼーションが交通輸送構造に変革(自動車交通の主体化)をもたらしたことで、当時の国鉄をはじめ私鉄等も含め輸送量が伸び悩んできた。そして、国鉄は人件費の高騰などから東海道新幹線開業(1964)以降営業係数が100を超え、赤字に転落して資金事情は極めて悪化していった。この経済成長は、そのまま鉄道界の動きに反映して、国鉄や私鉄に近代化と合理化の波が相対して押し寄せていた。
 こうした中で、石炭の危機・斜陽化が囁かれ、石炭から電力・石油などへのエネルギー転換という産業構造の変化を見せていた。国鉄では、これを機に動力近代化の機運が高まり、蒸気機関車を気動車・電車・ディーゼル機関車(DL)・電気機関車(EL)の近代車種に置き換える動力近代化計画が1959(昭和34)年に答申・推進された。これによって、遅くとも1975(昭和50)年度までの15年以内に主要幹線500㎞の電化とその他線区のディーゼル化を実施して蒸気機関車を全廃するという積極策によって、予定通りに動力近代化は完結している。
 その近代化で投入された近代車両の電車や気動車が一人乗務を原則としていることから国鉄当局(以下“当局”)内には、EL・DLも1人で運転できないだろうか、という意見の輩出を見ている。

画像

力近代化計画当時、EL・DLの機関助士は約7000人を数えたが、この二人乗務を動力近代化の完結予定時期(1975)まで推移させると、機関助士は約2万人に膨張すると予測された。すでにATSも完備して保安度が著しく向上していることから、EL・DL一人乗務の実施は少しでも早いに越したことはないとして当局は、一人乗務による運転作業や保安度の原点に立ってさまざまな角度(私鉄・臨海鉄道の入換機関車作業、欧米鉄道などの一人乗務を参考)から検討を重ねた。
 その結果、EL・DL一人乗務の実施に心配はないが、前提条件として運転室の機器整備や信号機・合図器等の地上保安設備の改修が必要との結論に達した。こうした1人乗務構想の下に、1967(昭和42)年春から関係労働組合との交渉に移った。画像
 労使交渉で大きな問題となったのは、組合側が主張する“1人より2人の方が安全”という、通称「安全論争」と呼ばれる課題であった。これに対し当局側は、EL・DLは機関士1人で作業ができるようになっており、作業環境は蒸気機関車に比較して飛躍的に向上し、運転状態は機器に表示されて自動化の部分も多く、従来とかく経験や勘に頼っていた運転操作が非常に容易となっている、と説明。また、信号冒進事故(停止信号を見落として進行)について、信号の確認は1人より2人の方が確実といわれてきた観点(常識)から過去の事故を見ると、その常識とは裏腹に二人乗務列車の事故件数(百万㌔走行当たり)の方が一人乗務のほぼ2倍という数字を示しており、機関助士の有無と事故発生率は直接に関係していないとした。
 そして、踏切事故対策(保安装置の整備、統廃合、立体交差化)の推進、信号機等の色灯化、自動信号化等の事故防止対策を鋭意推進している、というのが安全問題(“1人より2人の方が安全”)についての当局側主張の主旨であった。
 対して組合側は、2人の方が安全である・乗務員の労働条件は年々劣悪化している・アメリカでは助士の廃止で事故が増加したなどと主張し、当局に提案(EL・DL一人乗務)の撤回を求めた。その後、安全性について組合側から解明要求書がたびたび出され、当局側はその都度回答するも納得は得られずに交渉は難航し、双方の主張は対立状態を続けた。

画像

1968(昭和43)年秋の白紙ダイヤ改正を機に、交渉の成り行きが注目されて大きな山場を迎えたが、対立していた安全問題を国労(国鉄労働組合)・動労(動力車労働組合)・当局の三者が共同で外部の学識経験者に調査を依頼して、結果は尊重することで三者が合意した。そして、労使共同推薦で決まった医学・生理学・機械工学など専門家5人の構成による「EL・DL調査委員会」が同年10月にスタートした。
 この調査委員会で特筆すべきは、実際に岡山~広島間で旅客と貨物の両列車をそれぞれ機関士1人と機関士・機関助士2人の乗務形態で営業列車を運転して、科学的な調査を行ったことである。ポリグラフ、工業用TV等の労働科学の粋を集めた測定機器を駆使して、作業分析・疲労度・生理的負担などあらゆる角度から調査が実施された。約半年の間に15回以上の委員会がもたれ、熱心な検討が重ねられた結果、総合的・大局的に判断した結論(報告書)が発表されたのは1969(昭和44)年4月であった。
 すなわち、二人乗務を一人乗務に切り換えつつ、一人乗務を前提にさまざまな施策を実施していくことを国鉄の基本方針にすべき時期にきているという結論であった。そして同年4月以降、一人乗務の試行が各地の国鉄操車場で実施され、同年9~10月にかけては本線関係の一人乗務の交渉も最終盤の詰めが行われて、2年余りにわたった懸案の合理化策「EL・DL一人乗務」の問題が1969年11月に決着(交渉成立)し、EL・DLの“機関助士廃止”が成ったのである。

L・DL調査委員会が発表した調査報告書(132ページ)の中から、一人乗務に対する保安度の向上や関連保安機器等の整備条件(ATS機能の拡充、無線電話装置、緊急時の防護を迅速に行える装置、失神・仮眠防止装置、運転室の前面構造の強化等)について述べられた事項に関連して、当局側が実施した対応施策を次に列記してみる。
画像①運転室の機器整備…機関助士席側にある運転中に扱うスイッチ類を機関士席へ移設する。
②地上保安設備の改修…信号機・合図器等を機関士側で確認しやすいよう移設・新設する。
③乗務員用無線電話装置の導入…従来、機関士・車掌間の合図・連絡を気笛・旗などによって行っていたものを、無線電話を使って確実・容易にする。
④構内無線の導入…入換作業において機関士~駅要員間の合図・連絡を口頭で行う目的に使う。
⑤緊急防護装置の設置…異常時の手配が迅速に行えるよう、押しボタン一つの操作で力行回路遮断・非常ブレーキ・気笛吹鳴・信号炎管の点火・砂撒き等一連の緊急時対応に備える。
⑥ATS機能の拡充…現行ATSに警報持続・電源未投入防止・分岐器通過速度照査等の機能の追加。
⑦EB装置(Emergency Brake)の設置…運転士の仮眠・失神事故等における防護装置(デッドマン装置)で、運転士が平常操作する制御器・ブレーキ弁・気笛・砂撒き弁のいずれかの機器あるいはリセットスイッチを一定時間(60秒)以上全く扱わない状態が続くと自動的に警報が鳴り、さらに放置(5秒以上)すると非常ブレーキが作用する仕組みの装置(一定時間以内にいずれかの機器・リセットスイッチを扱えば平常運転を続行できる。警報が鳴ったときは、5秒以内にいずれかの機器を扱うか、リセットスイッチに触れれば、警報が止んで平常運転を継続できる緊急ブレーキ装置)
等々がEL・DL一人乗務に先立って実施された。こうした一人乗務実施の設備条件であった機関車運転室整備および地上設備の改修が行われ、EL・DL一人乗務は労使間の協定を諮りながら進められていった。
画像 そして1980年代に入って、国鉄を取り巻く内外の情勢は再建問題から派生した「分割・民営化」を軸に、国鉄の経営形態議論が話題となっていった。その中で、輸送効率の悪化していた貨物列車のヤード輸送系を全廃し、拠点間直行系輸送に一本化するという大変革が1984(昭和59)年に実施された。この貨物輸送形態の全面転換を機に、車掌車(緩急車)の連結が廃止(一部特定の場合・区間を除く)され、同時に車掌・列車掛の乗務もなくなり、貨物列車は完全な「ワンマン運転」化へと進んでいった。

全・安定輸送の提供は、鉄道会社の社会的使命である。一度に3000人以上の人命と財産を預かるラッシュ時の電車の運転士、最大1300㌧の物資を運ぶ全長500㍍を超える重量貨物列車の運転士、共に列車を1人で運転しているという自負心を強く持っているからこそ安全運転に徹し、孤独な運転にも耐え得ているといえよう。
 そして、貨物列車でたった一人の主・運転士の、時間が止まったかのように人影の絶えた夜更けの駅に停車している間にも、運転業務の安全は止まらない。社会の日常生活に欠かせない物流輸送の一端は、深夜の“孤独”に耐えて2条のレールを前方に見据えた運転士たちに支えられているのである。 (終) (運転協会誌・1970.1~2月号参照)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 95

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
かわいい かわいい

この記事へのコメント

匿名
2017年09月28日 01:13
列車は運転士、車掌がいた方が乗客としては安心できるそれは運転士車掌側からしてもそうではないだろうか合理化で安全まで軽視されてる昨今 もう一度見直すべきである

この記事へのトラックバック