く の 字

幼児が描いたクレヨン画で、“電車”だと教えてくれるのが、どの絵にも描かれている屋根の上に載った、エキセントリックな“菱形”の黒くて太い線だ。ご存じのパンタグラフである。電気車のシンボルであると同時に、鉄道を表現する上でもシンボリックな存在といえよう。
 それでは、電車の屋根にちょっと目を向けてみよう。見慣れている菱形のパンタグラフではなく、「くの字」形の何ともひ弱そうな感じのものが載っているのを目にするはずだ。近頃の電車などでは、大勢を占めつつある「シングルアーム式」のパンタグラフである。鉄道のことをあまり知らない人でも、屋根の上に鎮座するパンタグラフが電気を取り入れるためのもの(装置)であることぐらいはご存じであろう。

画像

画像ヨーロッパなどでは、相当以前からシングルアーム式が多用されているが、機関車牽引の列車が主体であることから主に機関車用の大形で重量もある頑丈なシングルアームパンダグラフで、日本のものとは趣が異なる。日本で普及し始めたのはつい最近に至ってからであるが、ヨーロッパなどで使われているものとは異なる小形・軽量のシングルアーム式となっており、新幹線をはじめ在来線の電車や機関車にも普及している。
 それまでは、幼児が描くような菱形が電気車のパンタグラフとして定着していたが、省エネが叫ばれ始めた頃に形が大きく重量もある菱形に替わって小形・軽量化を図るため、下枠交差形のパンタグラフが普及し、「くの字」形のシングルアーム形へと変わってきた。
 省エネ化を含め、高速化を目指している現在の鉄道車両は、車両自体を少しでも軽くする必要から軽量化を図ったシングルアーム式が主体になりつつある。専門家ならずとも、屋根上を見れば、その形から直感的に“軽量化”であることが想像できよう。

画像

シングルアーム式は、従来の菱形に比べほぼ半分の大きさで、付属品を含めた全重量も3分の2程度である。そのコンパクトさが、屋根上には菱形のような広い設置スペースを要しないため、屋根上に機器類を多く搭載する必要のある車両(交流、交直流)にとっては好都合な形のパンタグラフとなっている。また、構成部品なども少ないことから、メンテナンスが容易で省力化できる。ただ、シングルアーム式採用の理由は、小形・軽量・軽メンテナンスにばかりあったのではない。
 1998年1月、首都圏は大雪に見舞われ、山手線をはじめ多くの近郊区間で列車が軒並み運転不能に陥るという大きな輸送障害が発生し、首都圏輸送に多大な影響を与えた。
 関東地方特有の湿った重たい雪がパンタグラフ(集電舟体や枠)に付着(着雪)し、その重みでパンタグラフが下がって離線(架線から離れる)し、集電できずに走行不能に陥ったのだ。 しかも、こうした状況(パンタグラフが離線する)は、離線の瞬間に大電流がパンタグラフと架線間に流れ、架線切断やパンタグラフ損傷等のトラブルを発生させる。
 この大雪による輸送障害を教訓に、着雪量の少ない、雪の影響を受けにくいコンパクトなシングルアーム式のパンタグラフが採用されるに至ったのである。
 また一方で、JR東日本の中央線では、通勤用電車が大月へ延伸・直通するに際し、高尾以西の狭いトンネル(断面)が続く区間に対応するため、直通する通勤用電車のシングルアーム式への換装(菱形からの付け替え)が進んだ。もともと中央線には、電化以前に建設された断面の狭いトンネル(蒸気機関車に合わせた断面)が多く残っており、従来から屋根を低くした(低屋根式)電車や、折り畳み高さの低いパンタグラフ(パンタグラフを折り畳んだ時のレール面~パンタグラフ舟体間距離)を備えた電車のみが限定運用され、高尾以西にはこうした限定運用以外の電車(特急車両など条件クリアを目的に新製された車両を除く)は入線できなかった。そのため、異常時に際しては、中央線の運行確保(車両運用)上に大きな障害となっていた。
画像
パンタグラフに関して新幹線では、在来線とは別な面に係わってシングルアーム式が採用されている。すなわち、新幹線の場合は騒音対策(環境対策)がメインで、高速で走ることによりパンタグラフが発生する“風切り音”(空力音)対策が本筋といえる。
 在来線のような100~130km/hの速度域ではパンタグラフの風切り音はほとんど問題にならないが、高速列車(200km/h~)では高速で走れば走るほど風切り音は増幅(速度の8乗に比例)するといわれている。そのため新幹線では、パンタグラフの形状を極力単純に小形化する工夫(シングルアーム化やT字形化)が行われており、さらにパンタグラフの露出部分を減らすため全体を特殊な枠で囲む措置が採られている。前述のように、シングルアームパンタグラフの普及は、在来線と新幹線とでは全く異なった理由に拠っている。

画像電気車の象徴ともいえるパンタグラフ、かつて長編成の電車が菱形のパンタグラフをいくつも林立させて疾駆する様は、まさに壮観でもあった。しかし近年、省エネ化が大きく叫ばれる中で新製車両の製造費削減やメンテナンスの省力化、軽量化等から、パンタグラフ搭載台数の削減化が進む。現在では、10両編成の電車でさえ2~3台のパンタグラフしか屋根上には存在せず、しかもシングルアームのシンプルな形状では林立などという表現からほど遠く、電車の屋根上はほとほと寂しくなった。
 されど、シングルアームでもパンタグラフはパンタグラフ、雨、風、雪の日も電車の屋根上で懸命に背伸びするように架線を突き上げている「くの字」、ときには電車の屋根上もしみじみ眺めてみよう。
 既存車両のシングルアームパンタグラフ化(換装)も盛んに行われており、クレヨンでどんな電車を、今の幼児たちは描くのだろうか…。 (終)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2019年07月05日 15:26
なるほど、そうだったんですね。
あらためて思いますが、新幹線のパンタグラフは、とくに、特殊ですね・・・。

この記事へのトラックバック