鉄 道 林

いよいよ冬本番の到来、地吹雪から鉄路を守る「鉄道林」の出番がやってきた。鉄道林…ほとんど耳にしないであろう、耳慣れない言葉ではあるが、私たちの生活に少なからず係わる樹林のことである。勿論、鉄道の専門用語ではあるが、その定義には次のようにある。
 「雪害、飛砂の害、土砂崩壊、落石その他の災害を未然に防止して、列車運転の安全を図り、線路建造物を防護するため設置された森林をいう」。すなわち、鉄道の沿線に植樹・造林されて、自然環境保護や木材生産を目的としない、自然災害から鉄道を守る目的で育成されている大規模な森林のことで、鉄道ならではのものである。

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 さらに専門的に見てみると、鉄道林には3種類あり、①防備林(飛砂防止林、土砂崩壊防止林、落石防止林、防風林、水害防備林、環境保全林) ②防雪林(ふぶき防止林、なだれ防止林) ③苗畑(防備・防雪林の造林に適する樹木の苗木を育成する畑)の3つに分別されている。

画像日本で最初に鉄道林として植林された場所は、東北本線(当時の日本鉄道線)の野辺地(青森県)付近の沿線であった。東北本線は、1891(明治24)年9月の盛岡~青森間の開通を以て上野~青森間を全通させたが、開通当初の冬季から荒れ狂う地吹雪によって線路が埋まり、列車の運行ができない日が続出するという試練が続いた。当時、冬季中の東北方面への列車には、吹雪の中で立ち往生したときに備えブランデーと干し飯が非常用に積み込まれていた、と記録に残されているほどだ。
 この地吹雪から鉄路を守る施策として防雪林の造成を、当時の日本鉄道会社の経営者だった渋沢栄一に進言したのは、ドイツに留学して林学を学び、カナダで鉄道の防雪林を観察してきた本田静六(当時26歳)だった。この進言が採り入れられ、1893(明治26)年に日本で初の鉄道林(防雪林)が、同線の水沢~小湊間(約250㎞)の沿線41ヵ所に造られた。この日本初の防雪林は、植林の6~7年後には成果を示し始め、同線の地吹雪被害は年を追うごとに沈静化していったのである。
 この実績を皮切りに、鉄道林はその後日本の各地に普及し、さまざまな自然災害に対する鉄道の防護施設・施策としてその領域を拡げていった。現在に至るも、防備林として現役で鉄路を守っている鉄道林も多く、東北本線野辺地付近の車窓からは日本最古の鉄道防雪林でもある杉の樹林帯が見て取れ、木々の足元には「鉄道防雪林」の営林標が建つ。

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今も管理されている鉄道林の一つに、羽越本線沿線(JR東日本秋田支社)の270㎞間に総延長94㎞・総面積530㌶に及ぶ防備林がある。新津~秋田間(271.7㎞)を結ぶ羽越本線は、海岸線(日本海)沿いを走る個所が多いため、この沿線独特の“飛砂防止林”と呼ばれる防備林が造られた。
 羽越本線は開通(1920年)当初から、日本海からの強い季節風に飛ばされ運ばれてきた海砂が線路に堆積する被害に悩まされ、1時間に10㌢も堆積するのは珍しくもなかったといわれるほどに、凄まじい飛砂の量であった。堆積する砂は、列車の運行を妨げるばかりでなく、電化前の蒸気機関車時代には足回りの走り装置がむき出しの機関車の車軸やピストン棒などの滑動部分に付着して、軸焼けや部品の損傷などの支障を与えていた。
 この飛砂を防ぐために、当地方で古来から伝わる海岸砂防の技に倣った最初の飛砂防止林が、1921(大正10)年に羽後亀田~新谷間の22㎞にわたって造林された。この防備林用には黒松が植えられ、10年ほどで3~4㍍の樹高に成長した以降は、線路への飛砂の被害は完全にストップしたという。その後も、沿線の海岸沿いに続けられた黒松の造林は、最近までは美しい松林として車窓を楽しませていた。
画像 “楽しませていた”というのも、1992(平成4)年頃からこの飛砂防止林が松食い虫(マツノゼイセンチュウという1㍉に満たない線虫)の被害を被り、ほとんどの黒松が立ち枯れてしまったのだ。当時、この松食い虫の被害は、北海道と青森県を除く全国45都府県に広がり、全国規模に及んだ。被害を食い止めるあらゆる手段が尽くされたが、拡大は止められなかった。
 しかし、こうした被害にもめげず、かつての先人たちがゼロから始めたように、新たに苗木を植える作業が羽越線沿線でも始まり、松林の復元に努力が続けられている。とはいっても、木が相手のこの仕事の結果が出るのは40~50年先だ。携わった人が、その結果を目にすることができるかは別として、木を森を育て、未来への遺産として引き継ぐ仕事を誇りに思える、今の環境を大切にしたいものである。

こうした鉄道林の中には、今では本来の役目を終えてなお、その姿を留めているものもある。蒸気機関車が全盛であった大正から昭和にかけて造林された、蒸気機関車の煙突から噴き出る火の粉などの飛び火で火災の発生が懸念される沿線に設けられた“防火林”(火の粉等の飛散を食い止める樹林)や、水を大量に使う蒸気機関車の給水用に、貯水池などの水源を養護するために造られた“水源涵養林”(樹木の保水能力活用)などで、今では自然林として環境保全に役立っている。
 こうして、たとえ鉄道を災害から守る施設等が近代化されても、自然災害から鉄道を守るには森林が最も有効だという現場を担当する者の生の言葉とともに、鉄路を守る造林の大切さを、1世紀を超えて幾多の風雪に耐えてきた鉄道林は教えてくれているようだ。
 そして21世紀の現在も、自らの手で育み続け、鉄道林という“自然”を守り抜く人たちの努力が、地吹雪の吹き荒れる地で、寒風が吹きすさぶ北辺の海岸沿いで、鉄路を守るために続けられている。 (終)

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