ミステリーの現場

東京オリンピックを控え、環状道路建設に係わる産業建設省の汚職摘発が迫る中で、同省部長の失脚を防ぐため省出入りの機械商が、汚職の内情に深く関わる同省課長補佐を博多湾を見渡す香椎の海岸で心中に偽装して謀殺する…このほど初めてテレビドラマ化された、社会派推理作家として確固たる地歩を築く契機となった松本清張の処女長編推理小説の「点と線」(1957)である。
 過去に映画化はされていても、テレビドラマ化は難しいとして、不可能とまでいわれてきた「点と線」がこのほどテレビ(テレビ朝日)に初登場し、約4時間にわたる長編テレビドラマとしてこの秋(2007.11)に放映された。
画像 東京駅の15番線から特急列車に乗る、如何にも深い関係にあるかのような男女二人の偽装を目撃させるため、女の馴染みの人物(女性二人)が犯人(機械商)によって東京駅の13番線に用意される。ひっきりなしに列車が出入りする東京駅のホーム、その13番線からは、間に2本の線路を挟む向かいの15番線ホームを、4分間に限り見通せる時空があるというのだ。
 …「あれは、九州の博多行きの特急だよ。〈あさかぜ〉号だ」…機械商は目撃させる人物にそう教えた。…「おや、あれは、お時さんじゃないか?」…機械商の指さす方向に二人の目撃者は瞳を集めた。この4分間という時空の枠は、全くの偶然なのか、それとも作為的に利用されたものなのか、事件はこの「空白の4分間」を生み出した東京駅を分岐点として展開されていく。
 また、週刊誌の取材記者が熱海行きの車内から東京駅のホーム上に、奇妙な新婚夫婦を認めるところから物語が始まる。連続殺人事件の背後に旧陸軍特殊部隊の残存グループが絡む大がかりな偽札づくりが浮上する「黄色い風土」(松本清張作品・1959~60年)にも、「点と線」同様、昭和30年代の国鉄と清張の黄金時代が交錯する接点に、まさに東京駅が在ったのである。

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蒲田操車場(現存の蒲田電車区)は、人間の宿命と哀しみを深く鋭く描いた「砂の器」(松本清張作品・1960~61年)の、発端となった現場だ。
画像 …新進天才ピアニストとして脚光を浴び、有力政治家の娘を恋人に持つ主人公のもとに、突飛に初老の男が訪ねてきた。国電蒲田駅近くのトリスバーで、ハイボールを飲んでいた二人が店を出る。夜の場末の裏道は、不安や寂寥がまつわりつくような空間が続く。その先へ行くと、薄暗い構内灯に鈍く浮かび上がる電車の操車場があった。連れだった二人の客は、その左手に沿う道を曲がった。この二人連れを、流しのギター弾きが見ている。この直後に、一方(ピアニスト)は殺人者に、連れの一方(初老の元警察官)は被害者となる。
 主人公の、自らが封印してきた“過去”(父親がハンセン病者であった)を知る遠来の元警察官によって、今、栄光へ突き進みつつある道の陰に潜む過去が露見することへの恐怖心が動機だ。犯行現場は夜の操車場、この場所を起点に主人公の内面には抗しえない宿命と苦悩が始まる。
 蒲田駅には、京浜東北線が南北方向に走り、西からは東急電鉄の多摩川線(旧・目蒲線)と池上線が集まる。二人の刑事による事件捜査のスタートは、この私鉄沿線の聞き込みから始まる。
画像 平成の蒲田駅付近は、大小のビルが林立し、昭和30年代の面影は微塵も感じられない。ただ、駅の北側を流れる呑川と南側に位置する電車基地(事件の操車場)だけは当時とほとんど変わらない風情が残り、今も「砂の器」を偲ぶことができるかも知れない。

清張作品に登場し、東京駅や蒲田操車場といった鉄道のミステリー現場を際立たせた昭和30年代初期の日本は、ようやく敗戦の傷痕から脱出して経済白書の「最早戦後ではない」という宣言とともに、高度成長を始めた時代であった。しかし、交通関係ではクルマ社会の到来が間近に迫るものの、旅や物流の主役はまだ鉄道であり、順調に輸送量を伸ばしていた国鉄は黒字を維持する絶頂期にあった。
 東京駅の13番線から見通せた、15番線から発車した特急の〈あさかぜ〉は昭和31(1956)年11月に運転を開始している。昭和33(1958)年には、初の電車特急〈こだま〉の誕生で東京~大阪間は6時間半で結ばれ、「ビジネス特急」の名を生んだ。こうした高性能と呼ばれた電車が続々と現れ、日本の鉄道は華やかな出来事で一杯だった。
 しかし当時は、鉄道による長距離の旅では、新幹線とてなく、航空機は桁外れに高い運賃で一般向きではなかったため、急行列車などによる鉄道を使った長時間移動が当たり前であった。それ故、必然的に就寝しながら目的地に移動できる夜行列車が、当時は主流だったのである。

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鉄道が近代化され、高速化された昨今では、鉄道の情景描写に精彩を欠く小説が少なくないのもやむを得ないといったところだが、西村京太郎を頂点とする鉄道推理小説の分野だけは、今や大繁盛である。これは、後に「社会派推理小説」と呼ばれる新しい文学の領域を引っ提げて登場(1957)した松本清張の「点と線」の系譜が、今に脈々と流れてきたものとも思う。
 列車時刻表を駆使したリアリスティックな場面設定で、推理小説界に「社会派ミステリー」の新風を吹き込み空前の推理小説ブームを創出した「点と線」は、同時に「清張以前・清張以後」という言葉まで生むに至った、作家・松本清張の昭和30年代を代表する新機軸の作品であった。そうした、鉄道を舞台にした数ある推理小説の中で、ミステリーの現場としてつとに有名なのが「東京駅」ではないだろうか。
 「点と線」が世に出た、夜行列車が主流だった昭和30年代の長距離の旅行者は、薄汚れた客車の直立した硬い背もたれが並ぶ狭い座席に身を置いて、弁当を食べ、足も伸ばせずに無理やり眠り、翌朝の終着までひたすら我慢した。まさに、硬い座席に丸一日も拘束され、揺られ続けた“苦行”であった。
 そんな長い我慢の時間を救ってくれたのが、薄暗く揺れる車内で懸命に活字を追い続けた、“清張ミステリー”だったような気もする。当時、旅行者にとってミステリーの現場は、夜行列車の中にこそ溢れていたのかも知れない。 (終)
 

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