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zoom RSS 寸 描 −ビジネス特急「こだま」が走った頃−

<<   作成日時 : 2011/12/13 17:45   >>

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敗戦から3年目を迎えた1948(昭和23)年は、戦後も間もないまだまだ厳しい住宅事情や食糧難が続いて混乱から抜け出せずにいた社会環境の下で、人々は苦しい生活の中で前向きに希望を取り戻そうと頑張っていた。巷には、笠置シズ子が唄う軽快なテンポのブギのリズムが人々の心を浮き立たせるように流れ、NHK素人のど自慢で歌われた「異国の丘」(酷寒の地シベリアに抑留されていた日本軍人の間で現地で歌い継がれた励ましの歌)は、当時の人々の心を捉えて瞬く間に全国に広がっていった。
 そんな世相の戦後間もない中で、戦中戦後の荒廃した焦土を走り続けていた鉄道が、この時ほど人々の希望を乗せて走ったことはなかったかも知れない。そして、やがて“復興”の二文字も聞えはじめようとしていた頃、輸送なくして生産なく、生産なくして経済の再建や国家の復興は期待できないとした国の総合復興五ヵ年計画の下で、鉄道五ヵ年計画が策定された。その中で国は、国鉄に対し日本経済再建のために年間1億3000万dに及ぶ貨物輸送の達成が必要であるとした上で、輸送の強力推進を要望した。この国の輸送要望は、戦禍で疲弊した乏しい輸送事情の中で、あらゆる努力が続けられてほぼ達成された。この国鉄貨物輸送の奮闘は、戦後日本の生産増強と経済復興に大きな活力源となった。
 そうした国の要望を担う輸送状況下で国鉄は、将来の社会経営基盤の確立と時代要請に対応可能の近代的な鉄道として発展していくためには、電化が不可避との認識に立っていた。さらに、輸送力を高めるために、客車列車を電車列車化する構想も温めていた。
 そして、戦後4年目を迎えた1949(昭和24)年6月1日に国鉄は、GHQ(米軍総司令部)からのマッカーサー書簡を受けて機構改革を断行し、運輸省から独立し、独立採算性を建前とする公共企業体「日本国有鉄道」として発足したのである。
                                       〈 日本の中長距離電車時代の幕開けを飾った80系湘南形電車 〉 画像
1950年代に入る前までの国鉄では、機関車牽引の客車列車が主流で、電車は都市部周辺で使われるものとの考え方が支配的だった。その国鉄において、1950(昭和25)年3月1日に東京〜沼津間(126.2km)にモハ80形の電車列車が登場し、“電車は中長距離には向かない”とするそれまでの定説を覆してオレンジとグリーンの明るいツートンカラーを纏い「湘南形電車」と呼ばれたモハ80形電車は、世間にその存在をアピールし、中長距離輸送における電車時代に先鞭をつけた。
 モハ80形電車(基本編成10両)は、列車の両端をクハ(制御車)とし、列車の中間にモハ(電動車)を組み込んだ、従来にはなかった編成とした。この列車の中間に連結し、運転台を持たない電動車を登場させたのは、国鉄は勿論、私鉄においてもそれまで例のないことだった。モハ80形の登場はその後、新しい編成形態の電車が進出する糸口となった。ちなみにモハ80形電車(5両編成)は、国鉄近代化の動きの中で1954(昭和29)年3月に東海道本線三島〜沼津間(5.5km)で高速度試験が行われ、時速123kmを記録している。

戦後10年を経て国鉄は、ようやくにして戦後という“カラ”を打ち破るべく1955(昭和30)年10月に「国鉄電化調査委員会」において“幹線電化3300キロ”を答申し、第一次幹線電化計画を推進した。ちなみに1955年度末における国鉄の電化率は、営業キロ2万0093kmに対し1961.2kmと、1割にも満たない9.8%であった。
 経済白書が“もはや戦後ではない”と宣言した1956(昭和31)年、国鉄はこの年の11月19日に日本の鉄道輸送の大動脈として全線開業(1889(明治22)年7月1日)以来その任を担ってきた東海道本線東京〜神戸間589.5kmの全線電化を完成させた。画像 
      〈 電車時代の隆盛に先鞭をつけたモハ90形新性能電車 〉
 そして、1957(昭和32)年4月に国鉄は、日本経済が復興途上にあって増大する輸送需要に対処するため、老朽資産を一掃して公共交通機関としての輸送の安全を確保しようと長期計画を策定した。その「第一次五ヵ年計画」により設備投資計画が打ち出され、老朽施設の取替えや輸送力の増強および輸送方法・動力・設備の近代化が計画の柱とされた。その中で、線路増設工事、電化工事、新製車両の投入などが実施された。この長期計画は、国鉄の動力近代化計画(蒸気機関車から気動車・電気車へ)を推進する大きな基盤となり、その後に続く電車列車化へ大きく道を開いたのである。
 その五ヵ年計画(同計画は資金不足で1960年度に中止)の中で国鉄は、1957(昭和32)年11月に「最高時速120km、東京〜大阪間6時間半」を目指した電車によるビジネス特急運転構想の具体化を決め、国鉄初の特急形電車(モハ20形・クハ26形、後に151系と改称)の開発に着手した。
画像〈 小田急電鉄SE車 〉
 その3ヶ月ほど前に国鉄は、小田急電鉄が所有する車両・SE車(Super Express)を使用した高速度試験(私鉄から車両を借りた国鉄線での試験は異例だった)を東海道本線の大船〜平塚間(17.3km)で実施し、時速145kmの狭軌世界記録(当時)を樹立した。また、通勤輸送力増強を目指して試作されたモハ90形(小型高速電動機、カルダン駆動装置、多段式制御、発電ブレーキを装備した高加減速運転を行う新性能電車、後の101系)による高速度試験も同本線で実施され、これらを含めた実車による高速度試験を通して電車列車の速度向上による高速運転に見通しを得ていた。

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                   〈 ビジネス特急「こだま」の出発式・東京駅15番線ホーム 1958.11.1 〉
1958(昭和33)年11月1日、東海道本線東京〜大阪間にビジネス電車特急「こだま」(151系)がデビューした。営業運転を開始したビジネス特急「こだま」は、その斬新さもさることながら、東京〜大阪間が日帰りできる速達性も加わって連日満席の盛況ぶりを示していた。ただ、当初目標とした最高速度120km/h・所要時間6時間半は線路や架線など地上設備の整備が間に合わずに、当分の間110km/hに止められて東京〜大阪間の所要時間は6時間50分とされた。ちなみに愛称の“こだま”は、9万3000通近い一般応募の中から決定されたという。
 その後国鉄は、将来にわたる電車列車に対する展開の可能性を探るため、東海道本線藤枝〜島田間(7.5km)において3日間(1959(昭和34).7.27〜31)にわたり151系電車を使用した高速度試験を実施し、同試験の最終日には時速163kmの狭軌世界最高速度を記録して電車列車高速化への展開に弾みをつけた。

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                 〈 151系特急電車による高速度試験・東海道本線藤枝〜島田間 1959.7.27〜31 〉 
東京と大阪の2大商業・経済地域間を日帰り圏とした特急「こだま」の盛況ぶりを受けた国鉄では、機関車牽引の特急客車列車「つばめ」と「はと」を151系により電車化することに決め、「こだま」を凌ぐ高級感を演出した超豪華車両クロ151形の「パーラー・カー」と日本初の電車食堂車サシ151形を導入し、1960(昭和35)年6月1日から電車特急として両列車の営業運転を開始している。同時に、最高速度は120km/hに引き上げられ、東京〜大阪間の所要時間も当初目標の6時間30分となった。
 こうしてビジネス特急「こだま」の登場は、電車列車による長距離運転が経済的(動力費、保守費、人件費など)、かつ効率的(車両運用、運転関連作業、加速性能など)に極めて優れているという、今で言う省エネ性を立証したのである。そして、ビジネス特急「こだま」と「つばめ」は、1964(昭和39)年の東海道新幹線開業まで、東京〜名古屋〜阪神間の中枢日本経済圏を結ぶ日本を代表する主力電車特急列車として活躍を続けたのである。

世界の鉄道でも稀な、電車列車王国を築いた日本の鉄道。今では、新幹線電車をはじめ、主要幹線はもとより地方路線に至る全国津々浦々に、電車列車なるがゆえの俊足・快適・利便さを提供している。
画像 1957(昭和32)年4月に国鉄が打ち出した長期の設備投資計画における「第一次五ヵ年計画」で、特急列車の近代化を図るため“昼間列車は電車またはディーゼル動車で、夜行列車は客車による寝台列車で”という方針が立てられたが、その中で電車特急列車の草分として計画され、電車列車の長距離運転に道筋をつけたのが151系電車によるビジネス特急「こだま」であった。その、かつての日本を代表するビジネス特急「こだま」は、道を東海道新幹線へと譲り、走り終えておよそ半世紀近くが経つ。 (終)

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