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help リーダーに追加 RSS 勾 配 標 余 話

<<   作成日時 : 2008/12/06 12:53   >>

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画像・・・・鉄道線路の傍らに建つ「勾配標」は、諸交通機関の中でも特異な存在の“標識”である。形状からして特殊ではあるが、にもかかわらず分かり易く如実に内容(勾配度合)を表示しているところに、標識としての機能の高さがうかがえる。
 国土の4分の3が山岳地帯であるといわれている日本は、人や物の往来にはいわおうなしに峠越えを強いられる場合が多い。鉄道線路の建設も草創期以来、ルートの選定に当たっては輸送力(輸送量・時間)を確保する上から峠越えには勾配個所をできるだけ避ける方法(ループ線、スイッチバック、トンネル、迂回路等)が採られてきた。
 その結果、羊腸の如くに曲線と勾配の連続した線形のルートが多く存在する。ちなみに当を得て妙なる“峠”という漢字は、大部分の地域相互間が山々で隔てられている日本において生まれた、生粋の国字体である。
 近年では、鉄道建設技術の発展につれ山岳勾配区間等のかつての隘路は、車両の技術や性能の向上とともに長大トンネルの掘削などによるルートの変更で、輸送上のネックは解消が図られている。されど、国土の立地上から勾配個所は至る所に散在し、急勾配路線は今でも数多く存在する。
 その勾配は、鉄道がその基本構造である鉄軌条と鉄車輪間の転がり摩擦力(粘着力)を利用している(滑りやすい)以上、列車運転に対しては大きな制約を伴う。すなわち鉄道は、勾配にはめっぽう弱い交通機関であるということである。

・・・・蛇足ながら、鉄道線路における勾配とは、軌道の斜面をいい、2地点間の高低差(b)をその2地点間の水平距離(1000b)で除し、その比率を千分率(単位は‰=パーミリ)で表したものである。すなわち、水平方向に1000b進む(実際には車両が斜面を進む距離)と何b高くなる(上る)か、低くなるか(下る)かをいい、“○○(数値)‰”の上り(下り)勾配などと表現するのである。すなわち、その勾配線区の運転に対する指標となるのが勾配標である。
画像 勾配標は、1本の木製角柱と2枚の木製板状の腕木から構成され、勾配の開始地点・終束地点・変更地点に建てられ、勾配度合いを表示する線路諸標(距離標、曲線標、逓減標、停車場標、速度制限標、量水・雪標等)の一つである。その標準的な大きさは、全高1.8bほどの木製角柱(0.8bほどを地中に埋設)で、その上端部分に木製の2枚の腕木板が付く。建植位置は、線路左側の施工基面(バラストが載る路盤の表面)の肩部分に建植するのが基本となっている。
 角柱に取り付けられる2枚の腕木板は、勾配の度合いを表示するが、その勾配度合の如何に関わらず角柱に対して約60度ぐらいの角度(鋭角)で取り付けるのを標準とし、上り勾配に対しては腕木板を斜め上方に向け、下り勾配に対しては斜め下方に向け取り付ける。そして、勾配度合の表示(数値を黒色表示)は、対向する腕木板表面に水平(平坦)の場合は「L」、勾配の場合は勾配度合が10‰のときは「10」の例により表示する。そして、勾配度合を表示した腕木板の裏面は、全面が黒色の無表示(線路の勾配構成を示す役目を持つ)となっている。
画像 その勾配標が表示する内容(勾配度合・線路構成)を掲載の画像を参照に示すと、“40.0”の表示では現地点(勾配標建植位置、以下同様)までの平坦線から下り勾配(40‰)が始まることを示し、反対側では現地点までの上り勾配(40‰)が終わり平坦になることを示す。すなわち、勾配の終始点を示している。“50”の表示は現地点までの上り勾配が50‰の上り勾配に変わることを示し、反対側では現地点までの下り勾配(50‰)が表示の下り勾配に変わることを示す。すなわち、連続する同一勾配の変更地点を示している。
 また、上り勾配から下り勾配へ、下り勾配から上り勾配へ変わることを示す、線路の頂上部分・谷底部分に建植する勾配標(2枚の腕木板が上向きまたは下向きに重ねて取り付けられる)もある。

・・・・勾配標は、一つには列車運転に対する条件(速度制御(力行・ブレーキ)や停留等に係わる情報)を操縦者に示すものだが、その勾配標を確認してからの操縦対応では、勿論間に合うはずもない。そのために、運転線区の線形(線路構成)を熟知することは不可避で、線形を把握するため操縦者は線見(線路見習)を繰り返して行うことで修得を積むのである。それほどに、勾配標も含め線路諸標は、線区の線路構成や形態を知る上で欠かせないものなのである。
 特に、列車運転に対しての勾配標は、単に勾配の度合いを示すだけに止まらず、速度を守らなかったり、対応操作に適正を欠いたりした場合等に惹起される事故への警告をも示しているといえる。その証左として、そう遠くない過去の記憶の中から、下り勾配過走事故2件を例に以下に示してみたい。
 一つは、今は長野(北陸)新幹線の開業で1997(平成9)年9月末に廃線となった、開業以来100年以上にわたって保安上の要注意個所(急勾配区間)とされてきた信越本線横川〜軽井沢間の67‰下り勾配区間で起きた、電気機関車脱線・転落事故である。

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 1975(昭和50)年10月28日午前6時20分頃、信越本線の軽井沢駅から横川駅へ向け出発した回送上り単第5642列車(電気機関車4両編成・EF62形2両+EF63形2両)が、67‰下り勾配区間を運転中にブレーキの制御時機を失したため所定速度を大幅に超過(推定120km/h)し、R350(半径(b))の曲線個所で脱線し、そのまま築堤下に4両とも転落・大破した。旅客列車でなかったのが何よりも不幸中の幸いで、乗務員3名の負傷で済んでいる。
 ちなみに67‰下り勾配区間でブレーキが失効した場合には、1分も経たないうちに100km/h以上に加速してしまう。ブレーキの制御時機を一旦失してしまうと、急勾配区間では加速する車両をブレーキ力が抑えきれなくなり、重大事故につながることを勾配標の数値は暗に示しているのである。
画像 もう一例は、1971(昭和46)年10月25日午後4時頃、近畿日本鉄道大阪線の榊原温泉東口(現・榊原温泉口)〜東青山間の鈴谷トンネル(三重県白山町)内で、ブレーキ装置の処置を誤った下り特急電車が33‰下り勾配を暴走して上り特急電車と正面衝突し、両電車とも脱線・転覆・大破し25人が死亡・236人が重軽傷を負った事故である。
 名古屋行き下り特急電車(4両編成)が、東青山駅手前約3qの地点でATSの誤動作により非常停車した。その後、ブレーキが緩解しないので各車両の供給コック(圧力空気)を閉じて手動緩解させたが、同コックの復位(開通)を失念したまま運転を再開してしまった。そして、33‰下り勾配個所をブレーキが効かないまま約100km/h以上で暴走し、東青山駅の安全側線に突入して車止めを突き破り、脱線したまま本線に沿うかたちで鈴谷トンネル内へ進入し、進行してきた上り特急電車(7両編成)と衝突したのである。
 これは、下り特急電車の運転士のブレーキ故障(ATS)に対する処置の誤りが原因であったが、運転線区の線路形態を常に頭に入れて運転にあたっていれば、この事故のようなブレーキ故障に対する考え方も安易には至らなかったはずであろう。勾配標は、だてに線路脇に建っているわけではなく、常に勾配に対する安全意識の発揚を促しているのである。
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・・・・勾配標はまた一方で、本来の役目から離れて、鉄道を題材とした写真等に“画竜点睛”的な役割を果たしている一面がある。峠越えの鉄道写真ひとつにしても、急勾配の様子を画面に如実に写し込んで表現することは、相当のカメラ技量を以てしても並大抵のことではない。その点では、勾配標一つを写し込むことで、画面は無言のうちに上り下りする列車が奮闘する姿を暗に描き出すことができ、まさに“点睛”となりうるのだ。
 普段はただ線路の傍らに佇む勾配標ではあるが、線路諸標としての役割はもとより、それ自体が醸す情景は多岐に存在するのではないだろうか。
 赤さびた鉄粉に纏われた勾配標を眺めていると、数多の列車乗務員が挑んできた勾配への奮闘の様子や歴史が夢想され、何かを語りかけてくるようにも思えてくる。そして、心にひとときの癒しを与えてくれるようでもある。
 線路の傍らで日がな一日を、炎暑に、風雨に、酷寒にも耐えて佇み、無機質にも映る勾配標ではあるが、ときにはその佇まいに思いを寄せてみるのも一興ではないだろうか…。 (終)
 

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