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魔の一日・東海道線鶴見事故
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作成日時 : 2008/09/08 16:15
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◇
…
“三種の神器”とまでいわれた電化製品
(電気洗濯機、テレビジョン、電気冷蔵庫)
の一般家庭への普及とともに、豊かな生活を営める時代が幕を開けた昭和30年代後半(1960年〜)は、国民の生活水準が著しく向上した時期であった。その中でも、1963(昭和38)年のこの年は、日本の経済が大量生産・大量消費の時代に入って、“貧”の時代を脱したときだった。
ところが、そんな希望が膨らみはじめた1963年ではあったが、年末も迫った11月9日に民心を揺るがした二つの大事故が発生した。
一つは、福岡県大牟田市にあった三井鉱山・三井炭鉱(三井三池炭鉱)で、458人が死亡し717人が重軽傷を負うという、戦後最大の炭鉱災害となった炭塵爆発事故が起きた。坑内で炭車が暴走して高圧電線に触れ、そのときに発生したスパークが炭塵に引火爆発したものと推定されている。
もう一つは、国鉄における戦後の五大事故の一つとされた、161名が死亡し120名が重軽傷を負った東海道線で起きた鶴見事故である。まさに、11月9日のその日は、“魔の一日”であった。
ちなみに、国鉄当時の戦後鉄道五大事故を挙げれば、次のようである。
@
1945(昭和20)年8月24日 八高線小宮〜拝島間列車衝突事故(死亡105名・重軽傷67名)
A
1947(昭和22)年2月25日 八高線東飯能〜高麗川間列車脱線転覆
事故(死亡184名・重軽傷497名)
B
1951(昭和26)年4月24日 京浜線桜木町駅構内列車(電車)火災事
故(死亡106名・重軽傷92名)
C
1962(昭和37)年5月3日 常磐線三河島駅構内列車衝突(二重)事故(死亡
160名・重軽傷296名)
D
1963(昭和38)年11月9日 東海道線鶴見事故(列車二重衝突事故)
…以下に示す。
◇
…
戦後、鶴見事故など死者100人以上を出した重大事故は5件発生していた。その鶴見事故を最後に、その後は2005(平成17)年4月25日にJR宝塚線(福知山線)で起きた107人が死亡し500人以上が重軽傷を負うという尼崎事故まで、鉄道事業者による事故対策や安全確保等の取組・向上によって、その間においても重大事故は決して根絶していたわけではないが、100人を超える重大事故はなりを潜めていた。
今から45年前の1963年11月9日、前年(5月3日)の常磐線三河島駅構内で起きた列車二重衝突事故に続いて、またまた東京近郊で列車二重衝突事故が起きてしまった。東海道線鶴見事故である。後にこの鶴見事故は、世界の鉄道界でも前例のない実験線を使った走行脱線試験で、当該鶴見事故の発端ともなった貨車の“競合脱線”(車両や線路、積荷、運転状況等の単発の原因によるものではなく、いくつもの要因が重なり合って脱線すること)について解明を行ったことでも知られた。
・・・
1963年11月9日21時51分頃、東海道線鶴見〜新子安間(3複線区間)を新鶴見操を4分延発(横浜市内で11月6日に発生したガス・水道管事故の影響で貨物列車の遅延が続いていた)した下り第2365貨物列車(EF15+貨車45両・換算102両)が時速約60qで力行運転中、前から43両目のワラ501号有蓋貨車(ビール麦積載)が突然進行左側(横須賀線上り旅客線側)に脱線して大きく傾き、架線柱に衝突した。続く貨車2両も脱線して、隣接の同旅客線側に大きく傾く格好で同線側を支障してしまった。
このとき、脱線した貨物列車のすぐ後を追走するかたちで並走していた横須賀線下り第2113S電車(久里浜行き70系12両編成)は、前方の架線が異常に揺れているのを認めて非常停止した。また、この脱線による列車分離で貨物列車は、後部からの非常ブレーキ作用を感知した機関士の非常ブレーキ扱いで、約400b進行して停止した。
この2列車(下り貨物列車、下り電車)に挟まれた間には上りの旅客線が通っており、脱線した貨車はこの上り線上に傾く格好(支障して)で脱線していたのだ。貨車が脱線したとき、ほとんど間を置かずして、下り貨物列車に対向して隣接の上り旅客線を進行してきた上り第2000S電車(東京行き70系12両編成)が、時速90q前後の速度で脱線・支障していた貨車に衝突した。
衝突の衝撃で上り電車は前部3両が脱線し、先頭車両は横向きになった状態で隣の下り旅客線上に非常停止していた久里浜行き電車の4両目側面に衝突して突っ込み、これを粉砕・大破した。続く5両目もその煽りで強い衝撃を受け、4両目同様に粉砕・大破した。この二重衝突事故により、死者161人・重軽傷者120人を出すという大惨事となってしまったのだ。
・・・
しかし、衝突の状況は、上り電車の運転士がこの事故で死亡してしまったので、詳らかにはなっていない。ただ、非常停止した下り電車の運転士によれば、非常停止する直前に上り電車とすれ違ったと証言しており、貨車が脱線して隣接線路を支障した直後に上下の電車がほぼ同時に進行してきたことを示している。
まさに出会い頭の、あっという間の出来事であったろう。間が悪かったとしか言いようのない、何とも遣り切れない事故であった。
◇
…
事故直後の調査では、線路・車両ともに特に問題は認められず、列車の運転状態にも問題はなく、貨車の脱線は競合によるものと見なされたが、原因の究明には困難を伴った。鶴見事故原因の解明に因み国鉄では、脱線を引き起こした貨物列車とほぼ同じ状態に組成した貨物列車を事故発生地点に走らせて走行試験を2回試みたが、得られた測定データは脱線を指向するものではなかった。事故後、直ちに設置された「鶴見事故技術調査委員会」が出した結論は、技術的には事故原因を解明しきれず、競合脱線によるものであるとしたものであった。
然るに、線路や貨車には事故につながるような欠陥や問題もなく、整備上も数値的には限界内にあり、列車の運転状況にも異状が見当たらないのに、連結された2軸貨車が突発的に脱線するケースがときどき以前から起きていた。そして、鶴見事故の発端となった2軸貨車の脱線は、長年にわたって年間数件の発生を見ていたこともあって、その重大性に鑑み1968(昭和43)年に新たに「脱線事故技術調査委員会」が設置され、徹底的な対策・研究が実施された。それが、世界に例を見ない、実際に貨車を走行させて行われた脱線実験であった。
路線ルートの変更(根室本線落合〜新得間)で廃止となった、北海道の狩勝峠を走る旧線を脱線実験線として使い、線路を故意に狂わせたり、積荷を片積み状態にしたり、車輪の寸法を変えたりと、現車を使った貨車の脱線事故に係わる本格的な究明であった。その結果、貨車の脱線防止に対する技術的改善に結びつけ、その対策は1975(昭和50)年頃までに全て完了し、昭和40年代前半には年間10件程度起きていた競合脱線事故は3分の1ほどに削減した。その後は、貨物列車自体の減少(最盛期
(1970年代)
のほぼ半分)もあって、1975年以降の貨車の競合脱線事故はほとんどその姿を消している。
◇
…
日本の鉄道事故史上最大級の三河島事故と鶴見事故について、両事故は鉄道の安全に対する本質的な問題を提起していたとして、東日本旅客鉄道顧問の山之内秀一郎氏は著書「なぜ起こる鉄道事故」(朝日新聞社発行「朝日文庫」)の中で次のように述べている。三河島事故は人間のミスを如何に防ぐかについて、鶴見事故は安全のためにまだ解明すべき技術的な課題が多く残っている点であった…と。
すなわち、鶴見事故の前年に起きた三河島事故は鉄道の近代的保安確立への端緒となり、同じ大惨事の鶴見事故は大事故へ発展しかねない古くからの課題であった貨車脱線のメカニズムについて、“競合脱線”の解明に道筋を付けたということである。これらは、多くの犠牲を伴った大惨事の下で拾われた、貴い教訓であった。
JR京浜東北線鶴見駅の南西側に位置する大本山總持寺(曹洞宗)には、戦後の国鉄五大事故のうち桜木町事故と鶴見事故の二つの慰霊碑(桜木観音菩薩像、鶴見事故慰霊碑)が建立されている。
ともに、その碑には事故物故者全員の姓名が刻まれている。
“魔の一日”(鶴見事故)を文字通りその一日で終わりにして欲しかったが、残念ながらその後107人という100人を超える死者を出す事故(2005年尼崎事故)が起きてしまった。多くの犠牲者を出した大惨事を、今度こそ尼崎事故を最後として終わらせなければ、慰霊碑に刻まれた数多の亡くなられた方々に報いることは叶わなくなってしまうであろう。
(終)…「三代事故録」「鉄道重大事故の歴史」「なぜ起こる鉄道事故」参照
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