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help リーダーに追加 RSS 巡って80年あまり・山手線

<<   作成日時 : 2008/06/03 18:22   >>

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画像の戦争(太平洋戦争)で東京圏は広大な焼け野原と化し、寄る辺をなくした人々を吸い寄せたのが鉄道駅前の闇市だった。“光は新宿から”と墨書きされた看板を掲げてヨシズ張りの露店(闇市)が立ち並んだのは、終戦(1945(昭和20)年8月15日)から5日ほど後の山手線(当時国鉄)新宿駅裏だった。とりわけ、新宿をはじめ池袋、上野、新橋、渋谷など山手線のターミナル駅周辺が盛大を極めた。敗戦にもめげずに、戦後生活の旺盛な活力を生み出してきたのが、かつての国電を代表する山手線の環状界隈であった。
 今、最早戦後ではない60年あまりを経た現在のJR(東日本)山手線は、首都圏の圧倒的な人口集中と経済活動を背景に、世界にも例を見ない大量・高頻度の旅客輸送を繰り広げ、環状ルートから放射状に都市圏鉄道網を形成する中心となっている。
 東京の都心部を、東西約7q・南北約14qの米粒状に結ぶ一周34.5qのJR山手線は、駅数29駅をおよそ1時間かけて環状運転する“東京の顔”である。

の山手線には、少し古い量販店のCMソングではないが、一般的には品川〜新宿〜池袋〜上野〜東京〜品川間を両方向にグルリと回る環状ルートを指す。しかし、JRの線区区分(JRが使う名称)からいえば山手線は、品川を起点に新宿から池袋を経て田端に至る20.6qを指すのであって、田端〜東京間(7.1q)は東北本線、東京〜品川間(6.8q)は東海道本線なのである。
 山手線として、現在の環状運転がスタートしたのは1925(大正14)年11月1日からである。そして、この環状ルートは東京の中心部を巡るため、ほとんどの駅で郊外鉄道や地下鉄などと接続(接続を持たない駅は新大久保・目白・田端・鶯谷・田町)している。ちなみに山手線は環状運転を行っているため、旅客案内上の運転方向は一般の上り・下りの別ではなく、「外回り」(時計回り)・「内回り」(反時計回り)と表現(運行管理上では外回りを「下り」、内回りを「上り」と称する)されている。

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 山手線は、40qに満たない路線ながら通勤路線として年間約13億人(1日約350万人)もの旅客を運ぶ、まさに“東京の顔”となっている。その中でも、戦後の闇市から生きる希望の光を投げかけた新宿駅は、今では首都圏機能の中枢を担う都庁を擁して山手線随一の乗降数を誇る山手線の“光”で、戦後闇市の“光は新宿から”の看板に偽りはなかった。

手線の環状運転がスタートする前に、最後まで未開通のルートとして残っていた神田〜上野間は、市街地化地区であったため路線敷設反対の声が高かったことから、日本で初の高架式線路建設による開業となった。煉瓦造りの高架線は、現在でも新橋駅や有楽町駅付近の高架部分に建設当時の面影が色濃く残り、往時を偲ぶことができる。そうした長い歴史の果てに、首都・東京の中心を巡って80年あまりの山手線、話題もまた、巡った。そのいくつかを・・・
画像…以前は、山手線を“やまて”線と呼んでいたが、現在の“やまのて”線と呼ぶようになったのは1971(昭和46)年3月以降である。もともと開業当初から、今のように“やまのて”線と呼ばれていた(路線の地形から採られた)のだが、終戦直後に進駐してきた米軍がローマ字で「YAMATE」と標記したことから、なし崩し的に“やまて”線と呼ぶようになったらしい。路線の名称もまた、グルッと巡ったのである。

…日本が高度経済成長期を迎えた昭和30年代当時、首都圏通勤輸送の混雑度はそれこそ物凄かったという。先に述べた如く、日本の都市圏の中で旅客の輸送量がずば抜けて高かった山手線の混雑率は、300%に達していた。
 朝のラッシュ時間帯には、ドア毎にずらりと立つアルバイト学生たちが、その若さに任せて乗客を押し込み、ときにははぎ取って降ろしてまでしてもなかなか閉まらないドアに果敢に挑んでいた。当時、これらのアルバイト学生たちは「押し屋」とか「はぎ取り屋」などと呼ばれ、各駅で毎日繰り広げられていた押し込み・はぎ取りの壮絶な闘いは、朝のラッシュ時における日常茶飯事の光景だった。こうした情景は、劣悪な通勤事情の象徴ともなって、当時、日本の通勤地獄として海外にも知られた。
 半世紀以上を経た今、山手線の混雑率も一部区間を除けば200%を下回るようになって、かつてのようにアルバイト学生に押し込んでもらうような状況はほとんどなくなった、とホームに立つ歴戦の駅員も昔日を懐かしむ。

…今の山手線は、大崎駅を起・終点(運行管理上)として一周34.5qを1時間以内で結んでいるが、終戦直後には戦災による施設等の疲弊で1時間を大幅に上回っていたという。
画像 その山手線で現在、静かな注目を浴びているのが、都心部一周の間にはそれこそ数多の道路を横断しているであろう山手線で唯一残っている踏切・第2中里踏切道である。一周に2ヵ所あった踏切の一つ、長崎踏切道(池袋〜目白)が2005年1月に廃止されたことで、山手線でただ一つの踏切として注目の的となっている。
 第2中里踏切道は、幅員4.8bのありふれた一般踏切道で、1日の通行者は500人前後と少なく、運転頻度が名うての山手線で待ち時間も長引くが、苦情などはないという。山手線最後の踏切道、その座は当面安泰らしい。

…首都の都心部をグルグル回る山手線で、時折、一周して戻る切符、すなわち一周往復切符が欲しいと駅の窓口を訪れるお客様がいるという。ちょっと考えてしまうところだが、正解は初乗り区間(1〜3q・130円)の往復切符を発売する、のである。
 山手線では、実際の乗車経路(内回り・外回り)に関係なく、最短経路(距離)で運賃を計算するという特例があるのだ。すなわち、目的の駅まで内回りで行こうが外回りで行こうが、発駅から近い経路(距離)によって運賃が計算されるのである。往復の復路用切符で距離の長い方の経路を乗っても、“大回り”して大変お疲れ様でした、という訳なのである。
 このように、どこから乗っても乗換なしで都心部のどの街にも行くことができる山手線とう大変便利な環状鉄道の誕生は、首都・東京にとってその存在意義は計り知れない。これからも、24時間都市にふさわしい鉄道としての山手線は、首都・東京とともに歩み続けていくことであろう。

ころで、2008年6月14日に東京メトロ副都心線が開業する。和光市(埼玉県)〜渋谷間20.2qを結び、池袋〜新宿〜渋谷の副都心間は山手線に並行して走る。同時に、東京メトロの地下路線では初の急行が導入され、池袋〜渋谷間を山手線より約4分短く、湘南新宿ラインや埼京線とほぼ同じ11分で結ぶ。
 これにより、池袋でJR線に乗り換えていた東武線や西武線などの利用者が副都心線に流れることも含めて、JR東日本では池袋〜渋谷間のJR利用者が1日あたり約9万人程度転移するものと予想する。この影響で、今年度だけでおよそ27億円、来年度(2009年)以降は33億円の収入喪失をJR東日本は見積もる。
 また、2012年度に予定されている副都心線〜東急東横線間の相互乗り入れが成れば、さらなる収入減に結びつくことになるかも知れないとして、危機感を募らせているという。ただ、池袋〜渋谷間は運賃(東京メトロ190円・JR160円)面でも運転本数(朝ラッシュ時同17本・同42本)にしてもJRとは勝負にならないと、謙遜気味に東京メトロでは口にする。とはいっても、将来、副都心線がJR線のライバルになることは間違いなく、山手線にとっても新たな局面を迎えることになりそうだ。

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でこそ通勤路線に特化した感のある山手線だが、東京〜新橋間には美しいアーチ形の橋桁が並ぶガード下が続く。特に、有楽町駅付近で見られる煉瓦造りのアーチ構造物は明治後期の建造で、かの関東大震災にも、多くの鉄道施設が多大な被害を被った中で、この区間だけは無傷だったという。そのアーチの下には、上を行く電車の音を交錯させて半円形の天井を見せたさまざまな店舗が営業している。
画像 また、上野から御徒町までの約600bのガード下には、これまたさまざまな店が軒を並べる、通称「アメ横」と呼ばれる活気に満ちた地域が広がる。さらに、常に最新の流行が発信され、移り変わりの激しい渋谷駅界隈でも、山手線のガード下だけは昔と変わらぬ姿を保った店が軒を突き合わせている。こうしたガード下のたたずまいとともに山手線には、遠く明治時代から続く貴重な原風景を垣間見ることのできる煉瓦や鉄のアーチが支える「ガード下の文化」が健在だ。
 そんな何処まで走っても東京を抜けることのない山手線は、都心部を周回しているので平坦な路線と思われがちだが、起伏が結構あるのだ。“山手”と線名が示す如く、最低位置(品川駅・標高2.9b)と最高位置(代々木駅・同38.7b)との標高差は35.8bあり、新宿・池袋周辺や駒込〜田端間には山岳路線並の25‰(最急勾配)の勾配がある。この高低差の数字は、山手線が海辺地域から武蔵野台地の縁に沿って周回している証でもある。
 こうした路線を山手線は、大都会に渦巻くエネルギーを象徴するかのように、日ごと走り続けている。

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もあれ、首都・東京の都心部を巡って80年あまり、大都市圏の通勤路線という側面の一方で、東京人が忘れて久しい“憩”の面も山手線には残っているのだ。あゝ上野駅・池袋の夜・新宿港町・有楽町で逢いましょう・東京ブルースなどなど、むかし流行った歌などを口ずさめば無機質に映る山手線でも、郷愁が湧こうというものだ。
 1日約350万人もの人を乗せて日がな環状ルートを巡り続ける山手線は、これからも“東京の顔”であることに変わりはないであろう。 (終)

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