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都会の雑踏を、西武電車に乗って小1時間も離れると、そこには鬱蒼とした樹々の緑と青の世界が待っている。秩父盆地へ通じる一本の山岳路線、飯能駅を起点に33q余りを緑に囲まれかき分けて走る西武秩父線、車窓を楽しませて電車は進む。 杉、松、桜、楓、欅、銀杏、梅、栗、モミジ、枇杷などの喬木、さらには山吹、ツツジ、お茶の木などのありふれた灌木は、周りの花々にも負けずに四季折々の色を映し出してやまない。 雑踏からの息抜きにはもってこいの西武秩父線は、楽しい心安らぐ路線の一つである。 殊に、初夏の全山が萌葱色に彩られる風景は絶品であり、辺りが明るく、軽く浮き上がったようにも映る。やがて、真夏が近づくにつれ山の緑がその濃さを増す頃、今は時の彼方へ去った5000系特急電車“レッドアロー号”の、E851形電機こと“赤い電機”の、あの強烈でしかも澄みきった“赤”がことのほか緑の山中に映えたのであった。その演出は、樹々の緑なくしては叶えられなかったであろう。 今、夏を迎える季節が近づくと、いつも決まって想い起こすのが、アップダウンのレール上を快走する“赤”と山の“緑”との鮮やかなコントラストの残像だ。 近頃は、杉花粉路線などと陰口を言われもするが、樹々が放つ豊潤な緑の色彩は、旅人の心を潤し癒すかの如くに車窓を通してその威力を見せつけてくれる。 梅雨時から盛夏にかけての蒸し暑い時季、杉の幹が緑のカビで覆われる頃は、まさに樹林は緑一色の様相を濃くする。その樹間から洩れ射す白い木漏れ日は、緑をかき分けるが如く進む電車のボディに、そして車窓の旅人の顔に、ポジ・ネガのすだれ紋様を走らせる。 緑をくぐり抜けて進む車窓の旅は、都会の利便にも況して、贅沢なものなのかも知れない。 −2008.5− |
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